いったい臆病とは
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年月日
人間は理由のない不安や恐怖から臆病になっている。自意識過剰といってもよいが、自分の容貌や性格が他人に快感を与えないと思いこみ、人の前に出ても、そのことばかり気をとられていると、それが固いカラになって、自分の持っているさまざまな美点までを被いかくして、ますます自分を人に好かれない人間にしてしまう。友達ができないという理由のなかでいちばん大きいものは、この劣等感、もしくはこの臆病さではないかと思われる。他人から尊重されるには、まず自分で自分を尊重することが第一である。無益な劣等感を棄て、自分は何を無償で人に与えることができるかを考えるとき、よき友達はおのずから作られるに違いない。自分に自信を持つことは大切だと思う。
第一の理由は劣等感を持っていると他人を不快にするからだ。私は友達が何でもすぐできるのをみて、「自分はダメだ」と思ったことがある。私の友達は勉強も運動もできて性格もよく周りからもとても人気があった。勉強では女子の中で学年トップ。どの教科もものすごくできていたが、特にすごかったのが数学だった。数学の授業では練習問題があり、1分くらいで問題を解き終わっていた。自分がやったときは10分ぐらいはかかったのに、できる友達はいつも1分で終わらせていた。時間に余裕ができ他の子にも教えてあげていた。私も何回もできる友達に教えてもらっていた。先生に聞くよりもできる友達に教えてもらえたほうが一つ一つがわかりやすいので覚えやすい。また、運動も抜群にできている。運動会のときリレーに選ばれててクラスの女子の中で2番目に足が速かった。運動クラブやスポーツもとくにしていないのに足が速いのは努力家だと思った。リレーだけでなく、持久走記録会という大会があり真冬に行われる大会だ。半袖半ズボンで校庭を10周走るため寒すぎて足が震えている。グループ分けがあって、足が速いグループはAグループ遅いグループはBグループだった。できる友達はもちろんAグループだった。男女混合だったので足が速い人たちはそのグループに集まっていたができる友達は全体5位でゴールをしていた。男子にも余裕で抜かしていたのでさすができる人は違うのだと感じた。そして、私が最もうらやましいと思ったところは性格も良い所だった。誰に対しても優しいし気遣いができている。それにたいしてクラスの一部の女子は態度を変えてきたりする。例えば親のいる前ではいい子そうにしているが親がいないで私が一人のときは無視をしてきたり何も声をかけてきたりはしない。できる友達は態度を変えるということはまったくしなかった。こんなできる友達のことをすごいと思う一方で自分と比べてしまい、うらやましい気持ちになった。そのとき友達に対して素直に「すごい」と思えなくなってしまった。この経験から劣等感をもっていると、自分も苦しくなり相手を不快な気持ちにさせてしまうことがわかった。
また、第二の理由は自信の中から他人に与えることのできるあたたかさが生まれるからだ。私は友達に勉強を教えた経験がある。数学で友達が分からない体積の問題を教えてあげた。自分が分かる問題だったので、自信をもって教えることができ、友達に「分かった!」と言ってもらえてうれしかった。また、学校の係の仕事で困っている友達を手伝ったこともある。自分にできることだったので手伝い「ありがとう」と言われて役に立てたことが素直にうれしかった。この二つの経験から自分の実力に自信があると人のために行動できるのだと思った。
確かに自分に自信をもちすぎて周りの人を見下すような態度になるのはよくない。しかし「自信は偉業を成し遂げるための第一条件である」という名言があるように自分の実力を信じることも大切だ。だから私は自分に自信をもつことは大切だと思った。