人の価値観

    ()  年月日

 私は小学校二年生で、国語の先生が担当だったときに、絵本を絵だけで読もう! というような授業を受講した記憶がある。その時まで、私は絵本はストーリーとして楽しむもので、絵は世界観を受け入れるための手助けをしている、劇で言う照明や小道具などの裏方で、結局主役は文章だと思っていたため、私の中での価値観が変化した。絵のみだと、自分の想像によって、全く違う話になる。それに、自分の頭で物語をつむいでいくため、ただ読むだけとは違う、また違った楽しさを得られる。私が好きな絵本を絵だけで読んでみたら、この時もしかしてこうだった!?とか、新たな発見を得られる。本はこうしなければいけないと決まった世界の中であるわけではなく、自分の頭の中でどんどんふかめていくものだから、考え方の違いや個性が、良い方向に動いていく。その授業を受けたときも、人によって全く違う世界観を思い描くようで、面白かった。人によって、中身が変化していく本は、まるで、影みたいだと思う。時間帯や角度、位置によって形が少しずつ変形していくため、同じものは見ることができない。見る人によって違う、別物を見ているのである。

  その『解釈』というのは、同じ人でも、年齢を重ねていくことで、異なる表情を見せてくれるものである。私は先日、小さい頃好きだった絵本をよんでみた。すると、内容よりも絵の方を楽しんでいることに気がつき、驚いた。マンションに新しい住人が来る、というのがテーマだったのだが、新しい人たちが部屋の準備をするところなどを見るのと並行して、今いる住人達の穏やかな日常も観察できる。上の階と下の階で手紙を送りあっていたり、住人が集まって踊っていたりなど、小さいときにはなかった新しい発見や楽しむ方法を見つけることができて驚きだった。昔はただストーリーを理解し、場面の移り変わりや変化を見て楽しみ、それで完結しているだけだった。けれど、今はどちらかというと絵を中心に楽しむ感じになっていて、自分の気が付かないうちに、何かが変わっていたのかな? と疑問に思った。

 母に聞いてみると、母は違う絵本で感じ方が変わったことがあるらしい。それは「はじめてのおつかい」という絵本で、母が昔子供だった時は、主人公の女の子に感情移入しながら、物語として楽しんでいたらしい。しかし、母親になってから読んでみると、筆者が子供のことを温かいまなざしで観察していることや、子供ってこういう事言いそうだな。という風に、母親目線で楽しむようになっていたらしい。また、サザエさんなどのポピュラーなアニメ等も、昔はワカメやカツオ視点で楽しんでいたけど、大人になってからは、サザエさんなどの、大人に共感するように変化していっているそうだ。もしかしたら、読書というのは、そのときの自分の価値観や大事にしている考え方、好みのものによって、楽しみが変化していくものなのかもしれない。きっと、その話題が好きな人は専門的な面から楽しむだろうし、絵が好きな人は絵に注目して些細な違いも見逃さないようにして、見るだろう。人によって少しずつ変わっていくのが普通なのだ。やはり、本は正解のない、楽しみ方の可能性が無限に広がっていくものである。

 読書の楽しみやそれを受けた解釈などが、時がたつにつれ、だんだんと変化していくということは、人間にとって成長している証明のようなもので、その人の価値観が変わっていく中で、おこるものである。だから、今の読書の楽しみは、きっと今、この年齢のときしかできないものだと思うから、私はもっとたくさんの本を読破することで、「今」を楽しみ、たくさん成長していきたい。