無駄遣い

   中3 とむにゃん(akatoya)  2026年8月4日

  私は、目的を定めてから、それに必要なものを集めるのではなく、今あるものを生かして新しいものを作り出すような生き方をしていきたい。

 そのための方法としては第一に、今あるものを無駄なく使うように創意工夫することだ。その例は、コカ・コーラだ。もともとコカ・コーラは、フレンチ・ワイン・コカという頭痛や疲労を和らげるための薬用シロップというお酒で売られていた。しかし薬用はあくまでもお酒であるので禁酒法によって販売が出来なくなった。そのためこのシロップを水ではなく炭酸水で割ったことによって生まれたものがコカ・コーラである。このようにもともとあるものをすぐになくすことはできない。だから機転を利かせ別物に変えることで誰でも飲めるものになり世界的に人気が高いものになったのだ。だがこれはたまたまというわけではなく、今あるものを何回も失敗して炭酸ならいけると思った人がいて要約できたがそれが通用しない場面だってある。それが料理中だ。料理ではなく料理中であることが大切だ。シーザーサラダその一例だ。もともとシーザーサラダはキッチンに肉も魚も本格的なおかずもなく、残っているのがわずかな野菜と基本調味料のみであった。その時の料理長がシーザー料理長は、厨房に残っていた「ロメインレタス」「ニンニク」「オリーブオイル」「パルメザンチーズ」「卵」「クルトン」「ウスターソース」だけをかき集めました。:食材の乏しさを誤魔化し特別感を出すため、客のテーブルの目の前に木製のボウルを持ち込み、手際よくドレッシングを和えて提供した。客からは「料理を用意できなかったピンチをライブパフォーマンス風サラダ」と大絶賛な声があり、料理長の名前をとって「シーザーサラダ」と名付けられ、今では誰しもが知る有名料理になった。このようにないものを瞬時に作ればとてつもない料理ができるのだ。

 また第二の方法としては、消費に重きが置かれている社会を見直し、物の再利用を進めていくことだ。人はリサイクルをする。「リサイクルをすればなんかいい気がする。」と思っている人はたくさんいる。だがそのものがどのような過程でどうなるのかまで詳しくは知ろうとはしない。僕もそうだ。だがそれでもいいのだ。知る必要は少しもない。物がほかのことで役に立っているという事実には変わりないのだから。過程を知る必要ではなく、自分がこれをしたという事実だけあればいい。だが決して過程は、必要ないというわけではない。こじつけかもしれないがリサイクルをする過程で道具を使う。その時にその道具はようやく役目を果たす。つまり完成形だけがすべてであるわけではなくそこまでの過程でも役割がある。だが人に対して役割を果たすのは確かに完成形なのかもしれない。でも忘れていけないことは、リサイクルをすれば全部いいわけではないということだ。

 確かに、今あるものを生かそうとする方が手間や労力のかかる場合もある。しかし、「今いる場所で、今持っているもので、できることをやりなさい。」という名言がるように、今あるものをどう使うかを考えることが私たちの未来を豊かにしていくのだ。