ユーモア

   小6 みうつう(miutuu)  2026年8月4日

 イギリス人は「ユーモアのセンス」というものに特別のプライドを持っている。一方日本ではユーモアの感覚は、それほどまでには高く評価されていないように感じる。日本では「人間まじめに、一生懸命に働くのが一番だ」という言葉のほうが説得力を持つ。ユーモアは命を運転して人生をわたっていくのに欠かすことのできないものである。ただ、ユーモアというは論理で解釈できるものではなく、それを受信する感性が必要で知識や理屈よりもユーモアのセンスが必要だ。

ぼくの学校にとてもおもしろい友達がいる。その人は泣いている人とかを落ち着かせるためにおもしろいことをやっている。たとえば、

「○○くんがいないとおれ死んじゃうよ。」

や、

「君が泣くんだったらおれの心も泣いちゃうよ。」

などと言うとその友達は泣くのを止めて笑っていた。ぼくはその人のことを学校のヒーローだと思っている。ぼくはその様子を見て、おもしろいことを言うことは人を元気にさせることができるのだと思った。ぼくも誰か泣いていたら、その人が笑ってくれるくらいおもしろくなりたい。でのその友達はたまにすべったりすることがある。もしすべったらとても寒く感じる。学校か氷になってしまう。でも、すべってもすべらなくても、その友達はとてもおもしろい人だ。

もう一つの話は、ぼくの先生の話だ。ぼくの学校にはとてもおもしろい先生がいる。その先生はぼくのおもしろい友達のように、泣いている人がいたらおもしろいことをしてくれる。だからぼくはその先生が好きだ。その先生がいるクラスはとても明るくて元気だ。だからけんかがほとんどない。まさに笑う門には福来る、だ。

ユーモアは人間にとって心を落ち着かせるものだ。