心の豊かさ数の豊かさ(清書)

   高1 蜩(aeriya)  2026年8月4日

 貧困な層の定義として世界銀行等でふつうに使われるのは、一日あたりの生活費が一ドルという水準である。貧困のこのようなコンセプトは正しいだろうか? アメリカの原住民のいくつかの社会の中にも、それぞれにちがったかたちの、静かで美しく豊かな日々があった。彼らが住み、あるいは自由に移動していた自然の空間から切り離され、共同体を解体された時に、彼らは新しく不幸となり貧困となった。貧困は、金銭をもたないことにあるのではない。金銭を必要とする生活の形式の中で、金銭をもたないことにある。 私たちはお金で表せるような表面的な豊かさではなく、人々の心の豊かさのような、目に見えない内面的な豊かさにも目を向けていくべきである。

 そのための第一の方法は個人の価値観をお互いに理解しあうような努力をしていくことだ。お互いが相手の価値を認めず、片方もしくは両方が一方的に自分の価値観やルールを押し付けることは、人間関係を築いていく上で最もよくない行動である。それが、わかりやすく影響される関係といえば友達関係だろう。自分と趣味や価値観が合う人間に出会えれば話は別だが、大半の人間が自分と価値観や興味のある物が違うと言っても過言ではない。そのような人々とうまく関係を作っていく事が、友達関係を築く上で、ましてや社会で生きていく上で必須となる。自分の趣味を主張するだけでなく、相手のことについても理解を示す努力が必要だ。私にはあまり趣味や好きなものが合うような友人があまり多くはいない。よく一緒にいる友達でも、必ずしも趣味が合うわけではない。そのため趣味の話ではなく、学校の授業についてや世間話などの日常会話ばかりしている。しかし、お互いそれを知った上で会話しているため、趣味で語り合うことはないが、割と充実した毎日を送れていると感じている。このように、個人の価値観をお互いに理解するような努力をしていくべきだ。

 第二の方法は表面的な豊かさというメリットだけを重要視する世の中から、人々の内面の豊かさまで目を向ける世の中に変えていくべきである。今私たちが暮らす日本はとても豊かな国である。私たちは便利な機械や家電などとても便利なツールに囲まれて暮らしている。しかし、毎日放送されるニュースで街頭インタビューに答える人々はあまり充実しているようには見えない。なぜ、こんなに国が繁栄しているのにも関わらず、「幸せ」になれないのだろうか。それは、目に見えるような豊かさにしか目を向けていないからだ。日本は戦後、目覚ましい経済発展を遂げた。しかし、その裏には、環境汚染による公害や労働問題、男女差別など目の前にあるにも関わらず、表面化しにくい問題がたくさんあった。これは、人々の内面の豊かさまで目を向けず、数字の豊かさばかり注目していた結果に過ぎない。このような社会を変えて、数だけではなく心の豊かさまで改善していけば、さらに社会は豊かになっていくと考える。

 確かに生活の便利さ、快適さの向上を願うことは大切である。しかし数字で表せないような自分を含めた人々の内面の豊かさも常に意識していくことも必要である。「本当の豊かさ」とは、物量や便利さなどの目に見える、数字だけで表せるものではなく、人の感情や心などの内面の部分で目には見えないものまでを含めた豊かさなのである。ここから、私たちはお金で表せるような具体的な豊かさではなく、人々の心の豊かさのような抽象的な豊かさまで目を向けていくべきである。