自然との関係

   中2 あえわた(aewata)  2026年8月4日

 目空きはなんでも見える為に、何でも解ると思っている。ところが、目あきが見ているのは眼の前に見えるものばかりだ。私たち盲人は、目あきと較べると確かに何も見えていないに等しい。私たちが眼に見えない代償として、心の眼を与えられている。心の眼は、耳・身体・足・鼻・その他もろもろの器官を「見る」為に動員する。生態系には荒唐無稽なこと、馬鹿馬鹿しいこと、無駄なことで満ち満ちている。それは、神話・昔話も同じである。自然との調和こそ人間か生活する為に避けることのできない原則になった。

 確かに、快適に生きていく為には自分の必要も考えなくてはならない。なぜなら、何かをするにあたって、できなくなってしまうことがあるからだ。そのため、人々は自然のことを後回しにしてでも、都市開発を進め、生活を便利にすることを考えだした。例えば、道路や建物、交通機関を作って発展させることだ。それらができたことによって、移動や買い物がしやすくなり、私たちはより快適に移動したり、生活ができる様に変わっていった。都市をどんどん発展させることで、仕事や教育などの機会も増え、人々の生活に必要なものを手に入れやすくなる。我々が、便利に生活する為には、自然を多少破壊する必要がある。なぜなら、人口や必要なものが増え建物や土地がどうしても必要になっているからだ。そのために、森林を切り開いているのだ。また、テスト勉強も同じである。自分の場合、どの様なテストの際もそれに向け、1、2週間勉強する。その時に、よく勉強以外のことを厳かにしてしまうことが多い。それは、お手伝いであったり、家族と話す時間だったり、お出かけの時間だったりだ。しかし、その様な時間も勉強に捧げることで高得点が取れる。それは仕方なことでもあると思っている。やはり、何かを得るためには何かを厳かにしてしまうことがあるが、そうすることで目的を達成できる。したがって、その様な状態になることは仕方ないことである。

 しかし、一見して無駄なもの、無秩序なものもなく手間ならないものだ。なぜなら、その様なことがないといけない理由があるからだ。近年は、日本だけに限らず先進国や発展途上国までに至るまで世界全体で開発が進んでいる。日本では、住居地や発電所、道路などを作るために、今まではそれらがなかった土地を開拓し、森なら切り開き開発を進められている。森を切り開いたり、山を削ったり、林をなくしたと自然をなくしているのが今の日本の現状である。この話は日本に限らずに、世界全体で問題になっている。実際に、ブラジルなどではアマゾンの森林伐採が行われ、過去40年余りで日本の国土の約2倍に並ぶ約7,400万ヘクタールが消失した。この様なことが行われ、我々は住む場所や道路が新しくできて嬉しいかもしれない。しかし、その森林に生えている木々や草たちが人間が吐いた二酸化炭素を光合成によって酸素に変換してくれているからこそ、オゾン層が守られ快適に生活できたのだ。しかし、植物たちを伐採してしているのを続けていると、二酸化炭素を酸素に変える割合が今までより衰え、オゾン層が破壊され、太陽の灼熱の光がいつか直接的に降ってくる可能性もある。実際、現在伐採が進んでいることから地球温暖化が促進し、平均気温が上昇傾向にある。その影響のせいか、氷河が溶け海面上昇位より、ツバルなどの島国がいずれ水没するという説まである。この様なことから、便利ばかりを追い求めすぎるのも良くないと思った。

 確かに、自分に必要なものも、無駄と思われているもののどちらも大切だ。しかし、一番大切なのは「存在するものには、良いとか悪いとかいう前に全てそれなりの理由がある」という言葉があるように、自分のことと、それ以外の一見必要なさそうに思うこと、のどちらもどこかで何らかの連鎖があるので、それらをどちらも深く知り、上手く使える様になるのが大切である。