子供のころに道に(清書)
中2 はななは(hananaha)
2026年8月4日
盲人は、「目あきのおごり」があると言った。目あきは何でも見えるために、何でも分かっていると思いがちだ。しかし、盲人は眼が見えない代償として心の眼を与えられている。心の眼は耳・身体・足・鼻・その他もろもろの器官を「見る」ために動員するものである。生態系には、荒唐無稽なこと、ばかばかしいこと、無駄なことが満ち満ちている。これは、神話・昔話と同じことである。自然との調和こそ、我々人類が生存し続けるために避けることのできない原則になった。
快適に生活するためには自分の必要なことを考えていくことが大切だと思う。今はスマートフォンを使う人が増えてきて、夜遅くまで使っている人も多くいる。私の友達にも、夜遅くまでゲームをして遅刻してきている子もいる。私は、快適な睡眠のためにスマホが使える時間を9時までと決めている。スマートフォンはブルーライトが出ている。ブルーライトは肌によくないとよく言われているため、夜の寝る前には見ない方が良いとされている。早く寝ないと、睡眠不足や肌のトラブルで、ニキビや吹き出物ができてしまうこともある。次の日の授業や、部活動に集中できず怪我をしてしまうリスクもある。自分の生活のためには、多少の我慢も必要である。
一方で無駄なもの、無秩序なものもなくてはならないものもある。例えば、人間にとって害虫と呼ばれている虫も、人間界では何らかの役割を持っている。今の時期に多いセミや蚊などは嫌がられる存在である。しかし、その虫を食べる生き物がいたり、死んだ生き物を分解するなど、自然の中では必要な存在でもある。人間の都合の良いように、悪いものをなくしてしまうと、自然のバランスが崩れてしまうかもしれない。無駄に見えるものや、必要ないと思うものにも、大切な意味があるのだ。
確かに、自分に必要なことも、無秩序なものもどちらも大切である。しかし最も大切なのは、必要か不必要かではなく、それを見極めることだ。「山ほどある情報から自分に必要な情報を得るには、『選ぶ』より『いかに捨てるか』の方が、重要なことだと思います。」という、羽生善治の名言があるように、必要な情報を正確に手に入れることが重要だ。自分の生活は、自分で決めないといけない。どの過ごし方が自分に合うのかをわかっているのは、自分だけだ。人間が嫌がるような、虫でもこの世の中ではなくてはならない。食物連鎖のように、いつかは人間にたどり着く。私自身虫が好きではないが、いないとご飯が食べられなかったりすると考えると、いてもらわないと困るなと思う。だから、虫がいることには意味があるということを忘れないで生活したいと思う。