脱線する大切さ
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脱線しかけるときに創造のエネルギーが生まれる。直線レールの上を静かにおとなしく走っていれば脱線の危険もないかわり、軌道の外へ出たくても出られない。無理なカーヴなら脱線して、より合理的な近道を発見することができるはずである。すぐれた影響力をもっている点にのみ着目していると、そのために個性を失った人間が育つ危険を見落しがちになる。亜流になりたくなかったら、敬遠して影響を受ける必要がある。それを勘違いして、すぐれた先生にはなるべく近づきたいという気持ちにひかれて、せっかくの師の薫を台なしにしてしまうことが、いかにしばしば起こっていることであろうか。圧倒あっとうされそうな影響をもっているものには不用意に近づかないことである。近づいてもながく付き合いすぎてはいけない。このことを通して、私は脱線することを大切にする人間になりたい。
そのための方法として第一に、いろいろなことに興味を持ち、脱線を恐れないことだ。なぜなら脱線すればするほど、経験値が増え、人間としての幅が広がるからだ。また、脱線を恐れないことで新しいアイデアや思わぬ発見を生み出すことができるからだ。私は脱線することを恐れずに塾での授業を受けている。だいたいの塾は勉強から脱線することを恐れて無駄話をしない。しかし、私が通っている塾では世間話をたくさんするのだ。勉強のこと以外を話すことで息抜きにもなるし、豆知識を得ることが出来るのだ。例え、数学だった場合ただ問題を解くのではなく、計算ミスがしやすい人の場合、自分は間違えやすい人間だ、と思い込むことで、ミスが減るのだ。このように、さまざまな工夫のおかげで自分自身の学力の向上も望めるのだ。そのため、たくさんの事に関心を持ち、話の深堀を恐れないことは大事なのだ。
次に、第二の方法として、異論や異端を認める余裕のある社会を作ることだ。なぜなら人間にも人生にも色々なタイプがあり、だからこそ面白みが生まれる。「こうでなくてはならない」「こうあるべきだ」などという固定観念を持たず、自由な発想を出し合えるような社会作りをするべきなのだ。私の中学校は比較的意見を出しやすいと思う。というのも、各クラスにひとつ提案箱があり、その提案箱の意見は採用されることが多く、匿名でかけるため誰でも意見を出しやすくなっているのだ。ただ教師が決めたから、という理由でそれに従うだけではつまらない。一人一人生徒には個性があるため、学校は成り立っているのだ。たくさんの生徒の意見を取り入れているため、私の学校は雰囲気が非常に良いのだ。このように、固定観念がない社会を作ることは大事なのだ。
確かに、決められた道を歩んで実力をつけることも大切だ。正道を行くことで、効率的に、確実に力をつけられるからだ。実際に脱線してリスクを伴うより、まっとうな道を歩むほうが安全でもある。しかし、「脱線は、争う余地もなく、日光です。――読書の生命、真髄は、脱線です。」というイギリスの小説『トリストラム・シャンディ』の中で語られた一節の言葉もあるように、脱線することの方が大切なのだ。私もこれからは改めて、ただまっとうな道を歩むのではなく、脱線することを大切にしたい。