ユーモアで解決‼

   小6 あきひろ(asiguru)  2026年8月4日

  イギリス人は「ユーモアのセンス」というものには、特別のプライドをもっているし、それについて敏感である。その一方日本ではユーモア感覚はそれほど高く評価されていない。とても真面目な人は、欠陥人間と呼べるのではないか。自動車のハンドルに遊びがあるから安全に運転できるように、ユーモアは人生をわたっていくのに欠かすことができないものだ。ユーモアは論理で解釈できるものではなく、それを受信する感性の装置を備えているかどうかだ。ユーモラスと感じるか感じないかというセンスの問題になるのだ。

 祖父の話だ。祖父は、イギリス人といっても過言ではない。ダジャレ王であり、ユーモアのセンスが抜群である。正月、ぼくの家でこんにゃくの料理を出すと「こんにゃくは今夜食う」や足に魚の目ができたら「足に目が増えちゃった」などとダジャレが止まらない。母は、これに対して「なぜこんなに頭の回転が速くダジャレを言っているのか?」と疑問を抱き、質問したところ祖父は、「いつもラジオで落語を聞いていたから」と答えてくれたそうだ。祖父の頭の回転とアイデンティティは、昔の落語だった。祖父は、笑いととるだけでなく、相手のためにダジャレをいうときがある。例えば、相手が緊張している時にダジャレを言って、緊張をほぐしてあげたりしていた。これにぼくは、ユーモアには人を笑顔にする力があると考えた。

 「日本では、ユーモア感覚は、それほどまでには高く評価されていない」と長文には、記されている。ユーモアというものは、ダジャレだと頭に浮かんでくるが、ユーモアには、三十四種類ある。ユーモアには、冗談が含まれている。この日本という国は、「ユーモア」の発展途上国であるため、百人に一人の確率で冗談が通じない人がいる。姉に百人に一人の冗談が通じない人を演じてもらった。ぼくが

「国語の勉強をしているときに、『夢とは何?』という問題が出てきたけれど夢の問題を解く前に夢に飛んだ」

と言ったら姉が

「何言ってんだよ夢は、睡眠開始から九十分たたないと夢を見れないよ」

と演技とは、思えない、迫力のある演技を見してくれた。これを受けてぼくは、少しいらだってしまった。ユーモアは、人生にとって大切なことだと思った。

 「笑う門には福来る」ということわざがある。祖父が、ダジャレを言ってまわりのみんなを笑わせるという話に類似している。人間にとってユーモアとは、心のゆとりであり、人生のパーツでもある。