みなさんには、まだ字を

   小6 あこおす(akoosu)  2026年8月4日

  みなさんには、まだ字を

 まだ字を読めないころに読んだ「漫画の書き方」という本が印象に残っている。本を読むというのは、そこにあるものをこちらに運ぶような機械的な作業ではない。場合によっては、作者の意図をも超えて、我々の内になにかを作り上げていくことなのだ。中学生の時、読んで少しもおもしろくなかった本の妙味が、年を重ねることによってわかるようになったりもする。

 このまえ、ぼくはソファーに横たわってゲームをしていた。そうしたら、ソファーに母が座りに来た。その時、母はぼくのゲームが気になったのかぼくの画面をのぞいてきた。母が

 「このゲーム、何をするゲームなの?」

 と、質問してきた。ぼくはこう答えた

 「武器や家を作ったりする、サバイバルゲームだよ」

 ぼくの回答を聞くと母はあまり面白くないといってきた。ぼくはガーンとなり、もっとゲームのことを母に伝えた。それでも返答は変わらなかった。そして、もう一度ゲームの魅力を伝えようとぼくは頑張った。最終的には、母はやってみたら面白そうと言ってくれた。ぼくはそれが嬉しかった。僕の意見を分かってくれたから。それから、ぼくと母はたまに一緒にそのゲームをするようになった。    ぼくは母とゲームをする時間が楽しみになった。このことから、ぼくは、年や性別が異なると、面白く思うものも違うと分かった。

 ひと月前のことだ。母が着替えを終えて階段を下りてきた。降りてきて母は聞いてきた。

 「この服似合っている?」

 ぼくは、似合っているよと返事した。けれど、父は、あまりだと答えた。母は少し怒っているようだった。そこからちょっとした喧嘩が始まって、ぼくも巻き込まれた。ぼくを味方にしようとして来たりして、朝から疲れた。結局、母はその服のまま一日を過ごした。好みはみんな異なるから、自分で選択するのがいいと分かった。

 このようなことから、自身の感想とは人間にとってほかの人とは違い、自分が決めることが大事なものだ。だから、ぼくは、他の人と違ってもいいと思う。それは自分の大切な自分らしさで必要があるからだと思った。我が道を行くと言うことわざがあるように、ぼくは、自分を大切にして生きていきたい。