わたしたちのシンフォニー

   中3 すみひな(sumihina)  2026年9月1日

森には、多様な植物や虫がサイクルをつくり、一体となって生きている。これらが奏でる音楽とその美しさに触れるとき、何らかの障害があれば、森と対話することは難しい。森との対話は、森の様子を観察し、自然の声に耳を傾けることで初めてできる。虫除けスプレーをかけ、ネット付きの帽子をかぶっていてはいけないのだ。映画「地球交響曲」の舞台であるラップランドの森では、蚊やブヨの大群が存在する。これらもシンフォニーの一部分だと考えることで、森という生命体をじかに感じることができるそうだ。そして、人間も同様に20万年から30万年の年月を歩んできた生命体である。シンフォニーを聴くことはきっと誰にでもできることなのだ。私は、自然の一部なのだという自覚をもって生きていきたい。

第一の方法は、私たちが普段、どのような虫や動物にそれぞれどんなイメージを持っているのか理解することだ。平安時代の文学「枕草子」には、季節の虫とその季節ならではの情感をうまく重ね合わせ、楽しんだことが書かれている。現在、ほとんどの虫に対して美しい、醜いというレッテル張りがされている。蝶の収集家はいるがゴキブリを集めようと思う人はいない。私は幼少期の頃、虫が大好きだった。青虫を持ち帰って育てることもあったが、小学校高学年になると、虫に触れなくなった。たぶん、同学年の子に、蛾を手の上に乗せていたところを汚いと言われたことが原因だったと思う。人間を自然から切り離す考え方は、レッテル張りをするだけでとても簡単なことなのだ。

第二の方法は、私たちの存在が、今までどれだけ地球に影響したかを知ることだ。知床は、豊かな生態系が保たれている地域として世界自然遺産に指定されている。それは、ただ野生や自然がそのままに残っているという単純な理由ではない。人間が生態系の中に見事に位置づけられているからだ。陸にはヒグマ、空には猛禽類のオジロワシが飛び、海にはクジラやトドが泳いでいる。そして、頂点に立って漁業をしているのは人間だ。しかし、その活動が大きな影響を与えれば、生態系のバランスは崩れてしまう。だからこそ、人間を自然の外側に置くのではなく、節度を持って関わることが大切だ。

確かに、私たちは自然を開拓し、工業化させていくことで発展してきた。その過程でいくつかの文明が生まれたことは紛れもない事実である。だが、今ある自然は、勝つか敗けるか、生き残るか滅びるかのふるいにかけられてきたものだ。開発の手からも逃れ、生命を紡いできた。そして、人間もその動物の一つである。レイチェル・カーソンの、「私たちが自然を破壊するとき、私たちは自分自身の生命の源を破壊している」という名言もある。自然は、人間が住めないような破壊しつくされた場所ではなく、人間もそこで生きられるような場所であるべきだ。私たちは技術を発展させながら、自然とどのように調和していくかを考える必要があるだろう。