固定概念に囚われず
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人間は自らを飼育し、自己家畜化している。日トを生物の一種とみなした場合、個人レベルではなく、人間自身がつくった社会システムに依存して暮らしている点からである。飼育とは、食物を供給され、さらに生活空間や場も与えられるといってよい。しかし、飼いならすというと通常、餌付けから始まるのでわかるように、食物を自力でとらずに済む依存の暮らしが基盤である。自己ペット化は、その自己家畜化の管理・保護と人工化がより進んだ現代的な先進国での特殊な状態だとみなせる。自己ペット化の場合には、自己家畜化のような論理にもとづいたものであるよりも、状況を示す表現に力点が置かれた言い方である。自己家畜化の特殊な現代的あり方である。現代社会では、過剰なルールや効率化、同調圧力によって自分で考えられなくなる、生きづらさを感じて、不登校やメンタル不調を引き起こしてしまうケースが多くなっている。確かに、私も日々社会システムに従って行動することが多い。システムに従うというよりかは、それが自然に自分の体に染み込んでいるのではないか。自己家畜化ももちろん必要だと思うが、自分の人生は自分で決めたことを自由な時間ですると言うように、思う存分に楽しんだ方が良い。だからこそ、私は固定概念に縛られず、ありのままの自分で生きることが大切だと考える。その理由は二つある。
理由は、第一に、社会システムにとらわれすぎると、ストレスは増え続けてしまうからだ。私は中学受検をしたが、塾の夏季講習あたりから「塾へ行って、帰ってきたら十一時半まで勉強してから寝る。そしてその翌日は六時に起きて勉強を始める。」という習慣が身に付いていた。これは受験生は夜遅くまで勉強をすると言う固定概念に過ぎない。ただ当時の私は、そのような社会システムの通りにすれば、必ず努力は実ると信じていた。しかしその影響で出るストレスは半端なかった。まぶたがピクピク動いたり、手が震え力が入らなくなり、目の下にクマができてしまったり、自分ではどうすることもできなかった。あるテレビ番組で、「夜遅くまで勉強するよりも、よく睡眠をとって早起きをして勉強した方が記憶力も上がり、より知識を頭に入れやすくなる」と言うのを聞いて、はっとした。少し自分の生活を見直すことにした。今までは夜遅くまで勉強して、睡眠時間はあまり取れていなかったが、これは自分にストレスを与え続けているだけで、学力はそれほど上がってはいないと言うことを自覚することができた。そこから受検一週間前からは、しっかり睡眠時間を取るようにした。このように、「すべき」や、「するのが普通」という言葉を少し疑ってみると、ストレスを溜めずに済むのだ。
理由は、第二に、の中の固定概念を気にしていると、自分で考えられなくなってしまうからだ。心理学者のダニエル・カーネマンの研究で「人間の脳は、体重のたった二パーセント位の重さだが、体全体のエネルギーの二十パーセントも消費する」ということがわかっている。つまり脳は、サボれる時は、徹底的にサボろうとするのだ。社会システムに従う事は、脳の省エネモードにもなり、エネルギーを使わなくて良いかもしれない。しかし、私が塾に通っていたときの算数の問題で、先生は「公式に当てはめるのではなく、どうしてその公式になるのかをしっかり考えなさい」と言っていた。公式を理解して問題を解けるようにするよりも、その公式がどのようになり立っているのかを知ることでより理解を深めることができ、応用問題でも活用できるのだ。そのため公式と同じように自分で考えずに固定概念に縛られることは、視野を狭くしてしまっているのだ。
確かに社会のシステムは成功と失敗の積み重ねでできたものであり、従うことで生活の質が上がると言う意見にも非常に納得できる。もちろん人生は、成功だけで終わりたいし、できるだけ楽をしていたい。しかし、「正しいものは悩みも多い」と言う名言がある。確かに固定概念に従うことも良いが、それは自分にとってストレスを与えてしまうこともあるかもしれない。また成功したときの、達成感は、従うか従わないかでだいぶ違ってくる。ありのままの自分で練習や努力を積み重ね、それが成果として出された時は、これまでにないうれしい気持ちでいっぱいになるはずだ。ゼロベース思考と言う言葉をご存知だろうか。これはこれまでのルールに縛られず、白紙の状態から物事を考え直すと言う、今後の社会で注目されていくべき言葉だ。だからこそ、私は、周囲の期待やこうあるべきと言う社会の考え方から抜け出し、自分自身の価値観を最優先にして生きることが大切だと考える。ゼロベース思考を取り入れ、脳をフル回転させ、これからも視野を広げ続けていきたい。