清書
中2 あかさふ(akasahu)
2026年8月4日
子供のころに、道に迷わなかったのはどうしてか。目的地へ向かう際の先の見通しは、日常的な無意識の奥に埋もれ、取り立てて問題にすることがなければ、意識に上ってこない。このようなレベルの行動や意識は、動物も人間もそうは変わりがないのではないのか。そして、それが動物を迷いにくくしているシステムなら、どうも私には、人間は、地図という文化を持ったことによって、かえって迷う可能性が高くなったと思えてくる。ここで一つ思ったことがある。地図というのは人間たちを助けるといういわゆる「楽な生き方」を支えるものである。ですが、地図によって道に迷うことが増えるということも考えられるだろう。では、楽な生き方と苦しい生き方どちらのほうが良いのかという疑問が生まれる。なので、考えてみる。まず、楽な生き方が良い理由としては、楽に生きることのおかげでストレスがなくなり、生活の質も向上させられるということを私ならば挙げる。私は日常の生活の中でストレスがたまることがたくさんある。学校だったり、家だったりでいろいろ嫌なことがある。だが、そこから逃げることはできない。できたとしても、その先にあるものがわからないからどうすればいいかわからない。そのせいでストレスもよくたまりまる。負のループである。だからこそ、そのループを解消するためにもゲームでストレスを発散する。僕がやるゲームはシューティングゲームである。敵を倒したり、敵に勝ったりすることでストレスを発散することができる。これのおかげで、日常の生活の質を向上させられる。このように、楽に生きることでによりストレスがなくなり、生活の質も向上させられるということが楽な生き方が良い理由として私は挙げる。一方で苦しい生き方が良い理由として、成長の機会を与え成長できることで成功するというチャンスを多く作れるということを私は挙げる。私は毎朝家で勉強をするのだが、部活や睡眠不足が相まって最近勉強中に寝てしまったりする怠けが多くなってしまって、怒られてしまった。ですがそれにより、その次の日から、朝より早く起きることができ、より勉強にも集中できるようになれた。このように、苦しい生き方をすることで、成長の機会を与え成長できることで成功するというチャンスを多く作れるということを苦しい生き方が良い理由として私は挙げる。まとめると、楽な生き方が良い理由はストレスがない、苦しい生き方が良い理由は成長がしやすいというところがあげることができました。ここから、私はどちらも自分の得になることを得ることができるということに気づきました。得を得ることができればば、自分自身の人生もよくなる。だからこそ、自分の得になることをするのが一番大事だということに気づいた。しかし、交友関係など、得になりにくいものもある。また、「何かを得れば、何かを失う。何かを失えば、何かを得る」という名言もある。なので、すべての得を取ることはできない。だがしかし、自分の得になりにくいことをするよりも自分の得になりやすいことをすれば、人生の幸福に簡単につながると考える。