(清書)見ることとは学ぶこと
小6 いずみ(akanui)
2026年8月4日
見ることとは学ぶこと
いずー
字が読めない頃を意識しつつページをめくり、「ここには何が書いてあるのだろう」と思い、もどかしい興奮を覚えたことがありますか――ちょうど開かずの間戸をみるように。例えば、夏目漱石の読み方に、これという絶対の正解上がるのなら、我々は、その答えを人から聞けばいい。手ごわい相手、理解できない書に行きあたると、文字の読めない幼児のように、その昔に返ったようにもどかしく、「この本が読めたら」と足ずりしたくなります。
サッカーのワールドカップをみているととても素晴らしいプレイをみる。例えば、メッシのアウトサイドトラップからのシュート。エムバぺの高速フェイント。スペインの正確なパスなどだ。だから、私はその技をやってみたくなる。だけど、一回もタイミングよくそうゆうパスが来たりしないから、あまり実践することができない。だから、公園などでたくさん練習したい。このワールドカップを見て私は、世界にはまだまだすごいことをする人たちがたくさんいることを実感した。だから、たくさん色々なこと見たいなと思った。
私はお母さんに見てやってみたいなと思ったことはあるかどうか聞いてみた。
「スカイダイビングをテレビで見て、怖そうだけどやってみたいなと思ったよ。」
と教えてくれた。私も、テレビで見ているけど飛行機にも乗ったことないし、落ちているとき気持ちいと思うけど、私は、怖くてとてもできないなと思った。他にも色々な怖そうな逆バンジーなどがある。私は、逆バンジーだったらできるかなと少し思っている。
見ることは、人間にとって、学ぶことでもある。なぜなら、よく見ることで、こんなこともできるのか。とか、やってみたいなと思えるから学ぶことでもあると思った。他にも、実際やってみることで意外に怖くなかったり楽しかったり、簡単だったりする可能性もあると私は思う。