2つのものの見方
中2 あかえか(akaeka)
2026年9月1日
〈〈構成〉〉視覚系は光を介してものの形を認知する。形は触ってもわかるから、視覚だけが形の担い手ではない。形はモノのにあり、形はモノの属性だという。一方、形は頭の中にあり、我々の頭が形と称するものを相手に押し付けている。目は有効な感覚器だが、そうでない点に気づかないことがある。大きさを知るという単純なことができないので、人の世では物差しを売っているのだ。なぜ物差しが便利かといえば、視覚系だけに任せておくと大きさの絶対値がわからないからだ。逆に、我々が「比例」とか「相似」を考えられるのは、本来視覚系にそういう性質が存在するからだろう。相似とは、脳の一部がやっていることを、脳のどこかの部分が知っているということかもしれない。
〈〈構成〉〉相対的なものの見方は、理解しやすく、私たちにとって便利だ。〈〈題材〉〉私の妹は、夏休みの社会のワークの選択問題を解くときは、明らかに違うものを先に消していき、最後に残ったものを答えとして書いているそうだ。例えば、生活排水の浄水の仕方などを学ぶ単元では、水の正しい使い方についての選択問題があったらしい。そのため、妹は、明らかに正しくはない使い方である「トイレの水は何度も流す」や、「手を洗う時に、水は出しっぱなしにする。」などをまず選択肢から消し、そのあとに残ったものを書いたそうだ。
〈〈構成〉〉しかし、生きていくうえで、絶対的なものや考え方を必要とするときもある。〈〈題材〉〉例えば、三国志という中国の歴史の中に、蜀と呉という国が連合軍をつくり、魏という自分たちよりも軍事力を持つ国に戦で勝利を収めるという場面がある。2つの国が持つ、それぞれの長所を最大限生かすことができるとなったからこその結果だと考えられる。また、蜀と呉という二つの国は普段は敵対している国同士であったが、「魏」という大きな国に勝つという絶対的な目標があったからこそ、同盟を結び、その成果を得られたのだと思う。
〈〈主題〉〉確かに、相対的なものの見方にも、絶対的なものの見方にも、それぞれが持つ良さがある。しかし、〈〈表現〉〉「時間を作る第一の方法は、急ぐことではなく、どこに時間を使うか考えることである。」という名言があるように、〈〈総合化〉〉最も大切なことは、それぞれの場面に適切な方法を使い、より良い成果を出せるようにすることである。