日本人が世界で活躍するには?
小5 あけおお(akeoo)
2026年8月3日
国際人とは、「外国時を相手に、自分の考えを伝えたり、心を通わせたりできる人」というようなものである。
アメリカの小学生の宿題として、「ピューリタンがアメリカに移住した頃の服装について調べなさい」というようなものが出されるという。生徒は、それを調べるのに何をどんな順序で実行すればよいかをまず考える。
日本ではまず、国語教育を充実させることが第一と思われる。
ぼくが一番、印象に残ったところは、「アメリカの小学生の宿題として、ピューリタンがアメリカに移住した頃の服装について調べなさい」というようなものが出されるという。生徒は、それを調べるのに何をどんな順序で実行すればよいかをまず考える。というというところだ。なぜならば、ぼくの学校ではそういった授業はないため、おもしろそうだと思ったからだ。
ぼくの小学校では、アメリカのような授業はないが、ぼくの生活のなかで、何かを論理的に考えることがあるかどうか考えてみた。すると、「レゴ」を作るときに当てはまるかもしれないと思った。例えば、ぼくは今、「富岡製糸場」をレゴで作ってみたいと思い、試行錯誤している。まだ完成はしてはいないが、完成までに予定している手順としては次のとおりだ。まず、富岡製糸場に実際に足を運んで、写真を取る。次に、自分の持っているレゴのパーツで作れるかどうかを考える。足りないのはどのパーツかを考え、お店に行って購入する。写真や、実際に見たことを思い出しながら作る。それはまるで、こった料理を作るときに、料理のレシピを調べたり、材料をそろえたりすることにも似ている。
母に、生活のなかで論理的に考えることがあるか聞いてみた。母も小学生のころに、論理的に何かを考えるような授業はなかったそうだ。だけど、社会人になって仕事をすると、論理的に考えなければいけないことだらけで、最初は苦労したそうだ。プレゼンの資料を作成するとき、人と話すときなど、論理的でないと、他人に納得してもらえることはできない。だから、だんだんと勉強しながら身に着けているが、未だに「やっぱり難しい。」と思うときもあるそうだ。ぼくは、母もアメリカの小学校のような授業を受けていたら、もっと大人になって苦労しなかったのではないかと思った。そして、ぼくは論理的な思考ができるように、子供のときから取り組めたらいいなと思った。
この文章を読んで、ぼくは日本人が世界の国々の人と対等に話をするには、論理的な思考がなければ、難しいと思った。そして、その思考は一朝一夕で身につけられるものではないため、大人になるまでに、少しずつ身に着けていきたいと考えている。