使えんもの。でも必要
小6 あこふゆ(akohuyu)
2026年9月2日
まずこの長文は噴水は浴びたり飲んだりできない水でただそこを循環しているだけであるからなにも潤さない何の役にも立たないものである。噴水のほかにもドイツではコインの投入口がない自動販売機がある。もちろん当初の人々はこんなもの使い物にならないと苛立ち、自動販売機を壊してしまった。しかし次に日にはまたおなじところに同じ自動販売機があったので壊すのをやめた。つまりは噴水と同じで飲み物を売っていればいい。噴水もただ水を噴き上げていればいい。と言う長文だ。
私の家の中には自分のお小遣いで初めて買ったいつもベッドで寝ている。だが夜疲れた後に抱き着くと癒されるスヌーピーのお人形、いなくても生活できるが嫌なことがあったときにワシャワシャと撫でると犬は嫌がるけれど私は癒される私が小さいときからずっと一緒の柴犬や、今はないけれどムニムニと握るとストレスが解消できそうなかためのスクイーズ、キャラクターが書いてあっても書いてないくても単に日付や予定が確認できればいいのになぜか目がハートになるキャラクターの書いてあるカレンダーがある。これまで言ってきたものはすべてあってもなくてもなにも困らないものだが、まるで縁の下の力持ちのように支えてくれるものだ。
また、外では噴水のほかにただ学校の門の前に立っている「双葉の子」と言う像はただ立っているだけだが、夏休みなどの長い休みの間に見かけるといつもの場所だな。と安心する。それに近くの川辺には桜並木が延々と続いている。私たち家族は春になり、桜が満開になるころにみんなでお花見に行く。でもたいていお団子やお弁当の方が気になり、そちらの方を花より団子と言わんばかりにもぐもぐ食べてしまう。でも私たち以外にもたくさんの人、鳥が音連れる。だからその桜並木は鳥の住処やいろいろな人の憩いの場となっているのだ。でも、もしもどこにもきれいなものなどの人の心を癒してくれるものが無かったら、わたしの場合メンタルはバラバラになって落ち着かなくなり、最後には泣いてしまいそうだ。
人形などの癒すものは人間にとってそれが無いとストレスで押しつぶされてしまう。大げさに言うと絶滅してしまうぐらい大切で必要不可欠なものである。私は少し悪だくみをしている。それは本に出てきたお人形を動かせる道具を使って習い事の宿題を半分にして半分やってもらいたいと思っている。また、喋れるようにもなったら話し相手になって欲しいと思っている。