命をまっとうするその日まで

   小5 あやか(ayanaka)  2026年9月2日

 日本人は犬、猫そして馬のような家畜を人間の完全な支配下に位置するもの、人間に従属する存在とみなしていない。しかしイギリス人は家畜は人間が完全に支配すべき、それ自身は、自律性を持たない存在と考えている。だから、一部の日本人のように犬をすてたりすると、人間として果たしていないと非難する。しかし、日本人の動物処理法の方が勝つこともある。私はこの文章を読んで、日本人とイギリス人どちらの考え方も悪くはないが、私は将来、犬を飼いたいなと思っている。その時は、イギリス人の考え方でしつけようと思った。

 私は将来犬を飼いたいと思っている。特にウィッシュルコーギーペンブローグのセーブルという色の犬を買いたいと思っている。なぜなら、コーギーは足は短いのに胴体が長く、耳が立ち耳で大きいところが可愛くてたまらないからだ。可愛いコーギーはまるで、動く人形のようだ。コーギーのセーブルという色は、小さい子犬の時は全身が黒く、大人にだんだんなっていくと、背中側と顔だけが黒くなっていて、歳をとると、普通のコーギーのレッドという色になる。このように色の変化が楽しむことができるのだ。コーギーは、もともと牧羊犬で牛のお腹の下を通って誘導すると言う役目があった。だから、昔からコーギーは人間との間に主従関係がある。

 私がイギリス人の考え方がいいと思った理由はニつある。第一にこの主従関係を残すことが大事だと思ったからだ。日本人の自律性を持って接するということも大事だとは思うが、コーギーの立場になった時、昔から人間に仕えていたので、コーギーにとっては人間に従うということは自然な行動なんだと思う。

 第二にきちんと責任を持っていることだ。日本人は猫や犬を放棄したりする。それはイギリス人から見たらよくないことだと思う。だから、ペットを飼うと言う事は、命を預かるということで、一生の面倒を見る責任が人間に伴うのだ。人間にとって犬は大切なパートナーなのだ。そして、有終の美を飾るという言葉があるように、最後の一瞬まで愛情をいっぱい込め、世話をし、犬の面倒をするのが人間の責任ではないかと思う。人間も犬も過ごしやすい環境で、命をまっとうするまで、面倒を見ることが求められている。