自然との親しみ
中3 すみひな(sumihina)
2026年9月2日
トンボ王国は長野県にある、トンボと親しむための空間だ。博物館やトンボ池を見て回ることで、トンボが住める環境に対する知識を身に着けることができる。しかし、トンボを採ることも大切なのではないか。生物を採ることは、ただ見るだけではなく、自分の手で自然に触れる経験の一つだと見なせる。そして、子供にとって生きている虫とは「うつくしいもの」であり、それを自分のものにしたいということは人間が持つしぜんな欲望だ。昨今では、可哀想、命を大切になどということを言ってそれを禁止している。子供が楽しいはずの自然をつまらないものに感じるのは残念なことだ。自然の環境を存続させることは将来の子供たちのためにもなるだろう。私は、実際にそのような経験をすることを大切に生きていきたい。
その第一の方法は、生きているものとじかに触れることだ。小学生のころ、秋になるとたくさんのチョウのさなぎが壁につくマンションがあった。家の近くだったので、私はよく、妹と一緒にそのさなぎをはがして持ち帰り、家で飼っていた。雪解けの時期になると、まだ緑も見えないうちから羽化してしまい困ったこともある。あるとき、大きなさなぎにひびが入り、中からアゲハ蝶が出てきた。そのときの、たたまれていた羽がだんだんと伸び、ドレープのような模様が広がっていく様子は、言いようもないほど感動的だった。きっと、どんなに画質の良い映像でもあれは表せなかっただろう。生で見る情景の感慨深さは、発展した科学技術でも、ありのままを伝えることはできないのだ。
第二の方法は、私たちがどうやって成長しているのか、体感できる場を増やすことだ。直接自然に触れる経験には、うまくいかないことや、危険を知ることも含まれる。文部科学省では、学校での教育方針として「子どもの安全教育」というものがある。「危険を予測する力を育てること」がその項目の一つになっているのだが、はたして、それは今の社会で育つだろうか。今、子供は完ぺきに、かつ安全に育てるべきだという風潮がある。過保護化した環境に囲まれて、「あぶない状況」を予測することは難しい。危ないことは、そのような目に遭ってみて初めて分かるものだ。成長には、失敗し、それらから得た知識の積み重ねが不可欠なのではないだろうか。
確かに、考えることで予想することができる。その予想に従って自分の身を危険から守ることは、とても大切なプロセスだ。しかし、この頃、SNSは進化し続け、様々な手法で実感を伴わずに体験ができる商品が開発されている。バーチャルリアリティーなどがその良い例だ。ボタン一つで装備が変わり、死んだ人が生き返る。バーチャルの世界を楽しむことがいけないのではない。直接生きている動物と関係を築くこと、それだけで大きな価値があるということを忘れてはならないのだ。一番大切なのは、どの方法で知識を得ることができるか考えることだろう。私は、学んだことを私自身の糧として生きていきたいと思う。