大きな葉っぱで、小さな傘で

    ()  年月日

  「お互いにもっとユーモアの感覚をみがこう」というより「人間真面目に、一生懸命働くのが一番だ」という言葉のほうが、説得力を持つのではないかと筆者は考えている。自転車のハンドルにあそびがあるからこそ、自動車を安全に運転することができる。ユーモアは命を運転して人生をわたっていくのに欠かすことのできないものだとも考えている。ユーモアというものは、論理で解釈できるものではなく、それを受信する感性の装置をそなえているかどうかなのだ。頭がどんなによくても、それだけはダメ。いくら知識があっても、それだけはダメだと筆者は感じている。

私の四歳の妹は、

「みんな集まれ~!」

と沢山仕切るのに、すぐにいなくなってしまう。つまり、みんなを仕切るのに本人だけしきりに姿を消すということだ。妹を見ていると、周りの友達のお母さん達も笑っていて、場が盛り上がる。妹が姿を消してしまうことは、仕切ったりまとめたりすることは好きだけれど、すぐに飽きてしまうからだと思う。母に聞くと、私が幼稚園の頃は、新型コロナウイルスが流行し、街がどんよりしていた。しかし、小雨だった日に、私が幼稚園でまるでとなりのトトロに出てくる葉っぱのように大きい葉を傘替わりにして登園していたときに、周りの人たちが私のことを見て、みんな笑っていたそうだ。それも、クスクスと小さく笑うのではなく、遠慮無しに沢山笑っていたそうだ。お母さんは、

「街に笑顔をふりまいて家に戻ったよ。」

と言っていた。私はこのことは覚えていないけれど、妹と同じように周りを明るくしたかったのかなと思った。

 もし、真面目腐っていて、冗談の通じない人や、ふざけると怒る人がいたら、自分の相手に合わせて真面目に話をしなければいけなくなるから、会話が重い空気になって面白くなくなってしまうと思う。私の学校の担任の先生は、怒ると怖いことで知られている。しかし、先生は関西出身で、関西弁や、面白いツッコミでみんなを笑わせていて、私の学年の中では一番面白い先生ではないのかと思う。だから、みんなそんなに怯えなくても良いのではないかといつも感じている。授業中でも、寝てしまいたくなるような大真面目な先生の話をずっと聞いているのではなくて、生徒も明るくしゃべれるような、会話が盛り上がる授業の方が、生徒も会話を覚えていて、成績も上がりそうだなと思う。

 笑いは人間にとって、人の心を軽くしてくれる存在だ。だから私は、学校集会などで他の学年の子と話す話題がなく、きまずくなることがあるから、笑いを大切に、周りがきつい空気にならないような会話をしたていきたいと思う。そのためには、集会前の準備や、先に共通していて会話が盛り上がりそうなことを思い浮かべておけばスムーズに進められると思う。そのため、ユニークで笑いをとれる話題を準備しておき、いつも明るくて人の心を軽くすることができる存在になりたい。