科学技術の開発
高2 あうては(auteha)
2026年9月2日
公害抑止技術を含めて日本の技術が世界に貢献できる余地は明らかに増えた。今のところ日本のそうした関連技術は普遍的に利用できるほど廉価ではないが、地球環境問題の深刻化を考えるとこの分野での技術の多様化と徹底化に率先して努力を傾注するべき時が来ていることを痛感する。ノーベル賞受賞者を一人増やすよりは、世界のさまざまな場所で人間の尊厳を全うできずに苦しんでいる人々の生を支えるような科学技術の創造に力を尽くす科学者が日本から一人でも生まれることを望む。科学技術の発展が進められ過ぎているには問題だ。
第一の原因は、開発競争の存在だ。第二次世界大戦までは主に兵器の開発競争だった。近代に入って軍縮条約などは結ばれたものの、古来から兵器の開発競争は際限なく行われてきた。そしてそれは幸いなことに原子爆弾が開発された直後に戦後体制に入り、一区切りついたように見える。グローバル化、国際分業が進み、生物兵器やクラスター弾などの非人道的兵器、原爆などの一つの町を消し去るような破壊的な兵器を禁止、制限する条約などもできた。そして最近では科学技術の開発競争が著しい。いかに優秀な技術を握り、自国の経済を活性化させ、世界の経済網におけるプレゼンスを強化するかが国際社会における自国の発言権の大きさに直結しているからだ。競争分野はEVやパソコン、液晶など多岐に及ぶ。ただ液晶などはいくら薄くなり、高画質になったところで人類に直接の危害は及ぼさないのでまだ良い。私たちが注目するべきはAIである。AIといえばアメリカと中国の開発競争であり、トランプ大統領も言及している。そんな中、先日米アンスロピックのCEOが業界にAIの開発スピードを緩めように呼びかけたというニュースを見た。このままではAIを制御する人間の能力をAIの能力が上回ってしまい、制御不能になる恐れがあるからだ。実際に、openAIのAIが意図しない形で別のAI企業にサイバー攻撃をした問題もあり、近い将来インターネット全体がAIに乗っ取られてしまうかもしれない。
第二の原因は、今のところ、科学技術の発展は人間の生活の豊かさに寄与し続けているからだ。スピードの速い遅いはあれど科学技術の進歩と人間のゆたかさは全体を俯瞰してみればグラフにした時に単調増加となる。戦争のために開発されたものであったとしても結果的にはそこでつちかわれた技術が平和利用に役立っている。インターネットや原子力の利用などだ。しかし、この先も科学技術の開発を続けたとして、グラフが減少に転じるのは時間の問題だと私は考える。実際にその前兆は見え始めている。近年の地球温暖化と人間の活動による災害の増加、自然の荒廃だ。確かに人間が活動するずっと以前から地球は氷河期と間氷期が数万年の周期で繰り返されてきた。しかし、現在の気候変動のスピードは段違いである。生物が数十年、数百年の気候の変動に追いついていけるわけがない。自然選択も進化も生息地の移動も到底間に合わないだろう。結果として一年に四万種という、恐竜時代の実に四千万倍の異常なスピードで種の絶滅は進行している。更に、自然災害も見逃せない。今年の夏も各地で大雨が降った。ヨーロッパでは異常な猛暑に苦しめられたという。地球から多様性が失われ、自然から生き物が姿を消した死の惑星で最後に首を絞められるのは他ならぬ人類であろう。
確かに、技術の開発を完全に止めるというのは難しいだろう。生き物の成長と同じように今まで途絶えることなく行われてきた技術の開発をやめるというのは現実的に可能ではない。また更にやっかいなことは、人類が同じ地球に暮らしている以上、全員が開発をやめなければ意味がないということだ。そして、技術の優位性という魅力的な要素を一人残らず諦められるかという問題もある。例えば模試の上位勢が全員一気に勉強するのをやめたとする。一気に視界が開け、ここで私一人だけが勉強を続ければ確実に一位を取ることができるようになった。この状況の下で私も周りに倣って潔く勉強を放棄できるだろうか。人間には欲望がある。常により良い状況、周りより優位な立場を求め続けてきた歴史に潔く全員が全員一人残らず終止符を打つのは残念ながら非現実的だ。しかし、渚にてにおけるような人類が自らの技術で直接的に衰亡に追い込まれたり、ターミネーターに置けるような人類が開発した技術が人間を超え、滅亡の淵に追い込んで行ったりする映画、小説は枚挙にいとまがない。そしてそれらは十分現実となる可能性がある。重い石は有効な打撃となるが重すぎる石は自らの腕を壊す。人類は自らを律して限界のないこれまでの技術開発の方向性を転換していく必要がある。