噴水は飲めない水で(感)

   小6 あきらほ(akiraho)  2026年9月2日

 噴水は何の役にも立たない。噴水は飲めない水で浴びることのできない水である。しかしすべてが役に立つという環境にならされている都市住民は、文化的衝撃を受け深く困惑する。この困惑こそが新たな文化を創り出すものだ。噴水に電気仕掛けの細工をしたり証明で色を付けたりするのは良くない。見ているものを楽しませようとする工夫であろうがこれは噴水の真に噴水たるものを見えにくくさせる。噴水はただ水を噴き上げていればいいのである。

 私が三年生の時、山口県から千葉県へ帰省した時のことだ。私と姉の友達と遊んでいると友達の親が不意に「長野に行ったとき黒曜石を採取してきたのだけど良かったらあげるよ」と言われたので好奇心に駆られ迷わず受け取った。黒曜石は地表に噴出したマグマが急激に冷やされてできたもので、当時の私は鉱物関連に興味があり、アメジストや水晶を集めて観察していた。黒曜石の見た目はその名の通り黒でつるつるしており、光沢がある。黒曜石は縄文時代と違って現代社会で重要な役割を担っていないが、縄文時代の必需品であったものを直で感じられることは歴史が好きな私にとってたまらなく面白いものなのだ。黒曜石は社会的に見ると価値がないに等しいが、私自身の価値観では歴史の鼓動を感じられる貴重なものである。黒曜石も噴水も経済的価値はないが、私のように、趣味や、心の癒しとなりちょっとした生活の中での彩となり文化的生活に深く関わってくるものに違いない。

 今年の夏に私は山口県立美術館に訪れジブリ展を満喫した。ジブリ展ではジブリ映画の中での代表的な建物や部屋の様子が細部まで精密に再現されており、私はクオリティの高さに圧倒された。噴水やコインの投入口のない自販機に対し、ジブリ展はわざわざ入場料を払い、夏の暑さに耐え行列に並んでまでも人々は文化的な生活を欲してやまない表れだと考える。

 人間にとって文化とは精神性を満たす食事のようなものだと考える。何故なら衣食住がすべて整った環境に置かれていても、趣味、娯楽、興味をひく文化的刺激がないと生活に彩がなくなるからだ。噴水や投入口のない自動販売機などの一見してみると何の役にも立たないものでも裏に隠れた意味を知ることで文化的生活が営めるのではなかろうか。さらに考えると、これから先の時代、もしAIが文化的生活を創造することができた場合、より便利で面白い暮らしが訪れ人間は創造をする機能が低下するかもしれない。そうなれば人間も文化的生活は何なのかと今以上に考えないといけない時代が来る可能性がある。私は人間が生み出した文化的生活こそが真の姿ではないかと考える。これから私は文化的生活を肌で感じて、創造し、より彩りある人生を歩んでいきたい。