コミュニケーションの取り方
中1 ゆき(aonari)
2026年9月4日
花見と並んで、月見と雪見、この三つが日本人の自然鑑賞の基本になっているが、月・雪・花、そのいずれもがうつろいやすいものという共通点がある。うつろいやすいものを惜しむ心が、時候に合わした会合の珍しさを貴ぶのだ。日本人は、「見る」ということに重要な意味を与える。さらにいえば、日本の社交の基本は「見る」ことで成立する。日本人なら、だまってなにかをながめるだけでも、会話は進行しうるのだ。私は、言葉に頼らない日本的なコミュニケーションの取り方は良いと思う。その理由は二つある。
第一の理由は、話しかけにくい人、話すのが苦手な人でも、老若男女問わず気持ちを共有できるからである。私が修学旅行に行った時、普段は少し話しかづらい人でも話しかけることが出来た。それは、修学旅行という特別なイベントだということもあるかもしれないが、周りの雰囲気が助けてくれたといっても過言ではない。普通に話すと時、話しかけづらいなら、話さずに伝えればいいのである。ただそこにある風景を眺めるだけでも、思っていることはおそらく伝わる。調べてみると、コミュニケーションという言葉の意味は、社会生活を営む人間が、互いに意思や感情、思考を伝達しあうことだそうだ。つまり、なにも絶対言葉で伝えなければいけないということではないのである。
第二の理由は、長い言葉を話さなくても、伝わるからである。長文にも書いてあるように、欧米では、「会話」が社交の基本だが、日本では、「見る」ことが社交の基本である。日本では、言葉をあまり話さなくても、なんとなく伝わるが、欧米でははっきり言わないと伝わらないそうだ。欧米の人々は会話をするが、日本の人々は相手の気持ちを察して心で会話する。つまり、話さなくても、その場の雰囲気で行動できるということである。
確かに、言葉をまったく使わずに会話をするのは、テレパシーでもない限り不可能である。当然、言葉を使えば、とてもわかりやすくはなるが、「心と心がふれあって、なんにもいわずにわかること、ただそれだけのとろこびが、人生至上の幸福さ」という言葉があるように、なにも言わなくても、コミュニケーションがとれると、自分があまり言いたくないことも話さなくて済む。だから私は、言葉に頼らない、日本的なコミュニケーションの取り方は良い思う。