日本のハンドシェイク

   小5 きききき(asakiki)  2026年9月3日

 日本のハンドシェイク

 互いに見知らぬもの同士が出会う時は一般に挨拶をする。見知らぬもの同士で挨拶を行うことで、相手に攻撃本能の発動をする。社会生活をする人間にとって、別れて時を過ごすということは私たちが思っている以上に、他の人に不安を募らせるものらしい。こういうことは、なぜ人間は別れる時にも挨拶をするのかという問題にもつながる。

 「おはよう」

これが日本人の挨拶である。

「パチパチパンパンパン」

学校では外国の子が多いので挨拶をハンドシェイクでする。ハンドシェイクとは、お互いに手を叩いたり、言葉を言ったりして挨拶をすることだ。犬と挨拶をするときは芸をしたりする。例えば、2本足で立つ、とかそういうことだ。それは、言葉をしゃべれないからだ。それなのに、外国ではハンドシェイク、喋らなくても、外国では普通。しゃべれないとかではないのに、なぜこれをするのか。私的にはおはようと言うのは毎日やると習慣付く。ところが時々違うことをやりたくなる。それでハンドシェイクをするようになった。これが私の考えだ。

 ハンドシェイクは握手だけのことではなく、友達同士で自分たちなりの話を作ると言うことができる。こういうことをすることで、友達とのつながりが深まる。私はなぜ日本ではハンドシェイクをしないかと疑問に思った。それは日本は歴史があり、お辞儀が伝統的だったということである。私はなるほどと思った。けれども、日本ではアメリカの文化が混ざったこともある。例えばスニーカーを履くとか、ソファーが家にあるとか。けれども、ハンドシェイクは日本の文化の邪魔をしていた。だから、日本に取り入れられなかった。

 日本で握手をするなら右手でしかできない。左手で握手をすると礼儀が悪いとされている。どうしてかと言うと、昔の日本の武士は左手に刀をかけており、右手で抜くと言うことが当たり前であった。だからもし左手で握手をしたとしたら、右手で刀を抜いて殺してしまうと言うことだ。だから日本では今でも右手で握手すると言う事は決まっている。私はいろいろ日本の文化で工夫されながら、今までたどりついてきたのだなぁーと思った。

 私はハンドシェイクを作るたびに、心のつながりを深くし仲良くできると感じた。

 「Hey! スルリ」

私は友達と作ったハンドシェークをして、学校の授業の準備に入った。今日も頼もしい日になる。私はそう思って教科書を開いた。