ひなすみさんの作文は、身の回りにある一見役に立たないものの価値(かち)について、具体的な例をあげてわかりやすく説明しています。
噴水(ふんすい)や自動販売(はんばい)機の話を通して、役に立たないものが新しい文化を生み出すという視点(してん)がとても興味深いです。
また、自分の勉強机(つくえ)の植物や公園の銅像の話を入れることで、文章が立体的になり、読み手に親しみやすさを感じさせています。
「植物の緑色が心身をリラックスさせる効果がある」という具体的な説明も説得力があり、よく調べて書かれていることが伝わります。
「無用の用」ということわざを使っている点も、文章に深みを与え(あたえ)ています。
最後に、自分の考えをしっかりまとめているので、読んだ人に伝わりやすい結びになっています。
全体を通して、たとえや具体例、ことわざを効果的に使いながら、自分の考えをしっかり伝えられている素晴らしい作文です。

【項目(こうもく)評価】
具体例の活用:よくできている
たとえの使用:うまく使われている
前の話・聞いた話の活用:よく書けている
ことわざの活用:よく書けている
一般(いっぱん)化の主題:よく書けている
書き出しの結び:よく書けている

 構成◎ 題材◎ 表現◎ 主題◎ 表記◎

字数/基準字数:1240字/1000字
思考点:74点
知識点:71点
表現点:72点
経験点:86点
総合点:80点
均衡(きんこう)点:4点

 


■思考語彙 19種 28個 (種類率68%) 74点
、なぜ,。しかし,。例えば,あると,いるから,いるため,いるので,するため,すると,するべき,だろう,と思う,と考える,なくなれば,に思える,に考える,のかも,も言える,考えると,

■知識語彙 49種 93個 (種類率53%) 71点
一見,住人,住民,価値,公園,出現,判断,効果,勉強,印象,合間,周囲,問題,噴水,困惑,大切,存在,当初,影響,役割,心身,必要,意味,意識,投入,教科書,散歩,文化,日常,普段,景色,最近,植物,無用,物事,環境,生活,直接的,緑色,自分,自動,自然,衝撃,言葉,販売,身近,都市,銅像,雰囲気,

■表現語彙 97種 204個 (種類率48%) 72点
いるため,こと,これ,これら,すべて,するため,そう,そこ,そのもの,それ,それら,たち,とき,なに,まま,もの,ゆとり,よう,わけ,コイン,ドイツ,ポトス,ミュンヘン,リラックス,一見,上,中,人,今,住人,住民,何,例,価値,元通り,公園,出現,判断,効果,勉強,印象,口,合間,周囲,問題,噴水,困惑,大切,存在,当たり前,当初,影響,役割,心,心身,必要,意味,意識,投入,教科書,散歩,文化,新た,日,日常,普段,景色,最近,机,植物,機,次,気持ち,水,無用,物,物事,環境,生活,用,目,直接的,私,緑,緑色,自分,自動,自然,衝撃,言葉,豊か,販売,趣,身近,都市,銅像,雰囲気,

■経験語彙 45種 62個 (種類率73%) 86点
しまう,しれる,せる,ちる,できる,と思う,と考える,なくなる,に思える,に考える,も言える,やめる,れる,与える,休める,入る,分かる,受ける,叩く,壊す,変わる,役に立つ,役立つ,思い浮かべる,感じる,慣れる,支える,残る,気づく,浴びる,溶け込む,潤す,生まれる,立つ,置く,苛立つ,落ち着く,見える,解く,訪れる,読む,買う,造る,遊ぶ,飲める,

■総合点 80点

■均衡点 4点
 

気づくことの大切さ
   小6 ひなすみ(akohina)  2026年9月4日

 私たちの身の回りには、一見すると何の役にも立たないように見えるものがたくさんある。公園にある噴水はいい例だ。噴水は、飲めない水で、浴びることもできない水である。さらに、何も潤さない。だが、それがいいのである。都市住民などは、すべてが役に立つという環境に慣れてしまっているので、何にも役に立たないものが出現すると、衝撃を受け、とても困惑する。そして、その困惑が新たな文化を造るのである。ドイツのミュンヘンでは、コインの投入口がない自動販売機が出現したのは、最近のことである。当初、ミュンヘンの住人は苛立ってその自動販売機を叩き壊したが、次の日、壊された自動販売機が元通り投入口のないまま立っているのを見て、やめたそうである。このように考えると、私たちの身近にあるものの中にも、すぐには役割が分からないものがあることに気づく。では、一見すると意味がないように見えるものには、本当に価値がないのだろうか。

 私は、勉強机の上に置いてある植物や、公園にある銅像を思い浮かべた。例えば、私の勉強机の上には、ポトスという植物ある。これは、勉強をするために必要なものではない。植物がなくても、教科書を読んだり問題を解いたりすることはできる。しかし、机の上に緑があると、目に入ったときに少し気持ちが落ち着いたり、勉強の合間に心を休めたりすることができる。ちなにみ、植物などの緑色は、心身をリラックスさせる効果があるそうだ。これらのことから、植物は勉強そのものに役立つわけではないが、勉強する人の心を支え、生活を豊かにしているのではないかと考える。

同じようなことは、公園にある銅像にも言える。銅像がなくても、公園で遊んだり散歩したりすることはできる。しかし、銅像があることで公園の雰囲気が変わり、景色に趣が生まれる。そこを訪れた人が銅像を見て何かを感じたり、その公園が印象に残ったりすることもあるだろう。このように、植物や銅像は、直接的に何かの役に立つわけではなくても、私たちの心や周囲の環境に影響を与えている。では、なぜ私たちは、このようなものを「意味のないもの」だと思ってしまうのだろうか。それは、それらが私たちの日常に自然に溶け込んでいるからではないだろうか。普段から当たり前のように存在しているため、その役割を意識することが少ないのである。しかし、もし突然それらがなくなれば、私たちは初めて、その存在が自分の生活に与えていた影響に気づくのかもしれない。

 私は、すぐに役に立つかどうかだけで物事の価値を判断するべきではないと思う。一見無用に思えるものにも、人の心を豊かにしたり、生活にゆとりを与えたりする大切な役割がある。「無用の用」という言葉のように、意味がないように見えるものにも、私たちが気づいていない価値があるのだと思う。これから私は、物を買うときは、「意味がないものは、いらない。」と考えるのではなく、「意味はあるけれど、今の自分には必要ない。」と考えたい。