秋の虫の声が聞こえます。この声がなくなると静かな秋が深まっていきますね。
<<え2014/232pみ>>
☆第一段落を状況説明にして、バランスを整えましたね。
<<え2013/109み>>
わかばさんの作文は、とても深く考えられていて、異文化理解についての気づきがよく伝わってきます。
まず、「文化的カプセル」という言葉を使って、自分たちが無意識に持っている偏見や壁をわかりやすく説明しているところがすばらしいです。
また、自分の体験だけでなく、学校のALTの先生との関わりや、もし自分が外国人だったらどう感じるかという視点も加えていて、文章が立体的になっているのが良いですね。
「まるで一人だけ大分後ろからスタートして…」というたとえも使っていて、イメージがわきやすく、たとえがうまく使われています。
さらに、「人間の本能的な警戒心」という一般的な視点も入れているので、テーマが広がり、説得力が増しています。
最後に、「文化的カプセルを脱ぎ、本質を見ることができるようになりたい」という結びの言葉は、作文全体の内容とよくつながっていて、書き出しのテーマに戻っているので、書き出しの結びがよく書けています。
わかばさんの考えをしっかり伝えようとする姿勢がとても伝わってきました。
【項目評価】
・たとえがうまく使われています
・前の話聞いた話がよく書けています
・一般化の主題がよく書けています
・書き出しの結びがよく書けています
内容◎ 構成◎ 題材◎ 表現◎ 主題◎ 表記◎
字数/基準字数:1498字/1000字
思考点:74点
知識点:77点
表現点:73点
経験点:71点
総合点:82点
均衡点:8点
■思考語彙 19種 30個 (種類率63%) 74点
。しかし,あるから,いるから,しまう可能,するため,た場合,だから,だと,だろう,できざる,と思う,なるため,のかも,はなぜ,は思う,を考える,固まろう,見つければ,違うから,
■知識語彙 57種 89個 (種類率64%) 77点
不快,交流,人柄,人間,仕方,以外,仲間,余裕,保守,先入観,先生,全員,分類,刺激,助手,否定,問題,外国,大分,委縮,学校,差別,平穏,徒競走,意識,指導,授業,文化,日本,日本人,本能,本質,状態,状況,独自,理由,生活,目的,相手,積極,立場,経験,習性,自分,色眼鏡,被膜,見方,解釈,警戒,距離,身内,逆転,連想,部分,防衛,雰囲気,黒人,
■表現語彙 100種 194個 (種類率52%) 73点
あいさつ,うち,お互い,こと,しまう可能,するため,それ,たち,た場合,とき,なるため,みたい,もの,よう,わけ,イメージ,カプセル,クラス,グループ,ゴール,スタート,レッテル,一,一つ,不快,中,交流,人,人柄,人間,仕方,他,以外,仲間,余裕,保守,側,先入観,先生,全員,内,分類,刺激,前のめり,助手,否定,問題,外国,大分,委縮,学校,差別,平穏,後ろ,徒競走,性,意識,感,指導,授業,文化,日本,日本人,本能,本質,気,状態,状況,独自,理由,生活,的,目的,相手,私,積極,立場,経験,習性,考え方,肌,自ら,自分,色眼鏡,被膜,見方,解釈,語,警戒,距離,身内,逆,逆転,連想,違い,部分,防衛,雰囲気,黒人,LT,
■経験語彙 35種 56個 (種類率63%) 71点
しまう,しれる,できる,と思う,なれる,は思う,もつ,られる,れる,を考える,与える,似る,偏る,入る,出る,助ける,受け入れる,固まる,妨げる,属す,張る,接す,求める,深める,異なる,脱ぐ,見つける,話しかける,話す,負う,迎える,近づく,過ごす,違う,限る,
■総合点 82点
■均衡点 8点
文化的カプセル(清)
小6 わかば(akahime)
2026年9月4日
日本人は世界中どこに行っても、日本の言語、考え、食べ物を身にまとって動き回る。日本文化に包まれることで、安心するのである。そのように、私にも異文化がある中で、同じ文化を持っている人たちと固まってしまった経験がある。
私が毎週かよっている、水泳教室のことで、そこには7・8人の外国人が在籍している。日本人は外国人に話しかけないし、外国人も日本人に話しかけない。お互いに一線を引き、関わらないようにしていて、あまり接点が生まれない。実際はそんなことはないのだろうが、外国人に対して、私たちはなんとなくうるさいという怖いイメージを持っている。私は英語を話すことができ、得意だと自負しているが、そういう問題ではない。刺激を求めているわけではなく、平穏に過ごしたいだけだから、わざわざ話しかけなくていいや、という雰囲気にお互いなっている。その人たちと同じ雰囲気の人はクラスメイトにいるが、なんとなく外国人だと話しかけづらい。それは外国人だからという理由の一つに限り、それほど日本人は身内意識が強く、仲間内で固まろうとする、保守的な習性があるのだと思う。又、外国人がこわい、というのは自分と分類が違うから怖いということであり、違いを見つければ見つけるほど怖くなる。それは人間の本能的に警戒するということで、仕方がないことなのかもしれない。しかし、人柄を見ないうちに、先入観でレッテルを張ってしまうのは相手に不快感を与えてしまう可能性もある。なんとなく黒人差別と似ている気がする。黒い肌から防衛本能から連想されたイメージで独自の人間性を否定されていたのだと私は思う。それと、私たちが外国人に接しているときの考え方は似ているのかもしれない。
逆に、学校生活では外国人を受け入れられた経験がある。ALTという、Assistant Language Teacher (外国語指導助手)という外国人の先生が来たときのことである。その人とは良く話す。授業以外でも
「Hai!」
などと親しくあいさつをする。それはなぜだろうか? 私の解釈だと、一人だからだということと、相手が積極的だということが大きいと思う。相手が一人だから、自分たちが余裕をもって迎える側としていることができる。そして、ALTの先生は、中を深めて楽しく授業をするため、それを目的として学校に来ていて、仲良くしたいという前のめりな状況で、文化的カプセルを脱いでいるから、早く仲良くなれたのだと思う。逆転して、私がALTの先生のような立場だった場合を考えてみた。私のクラス全員が外国人で、私一人だけが日本人だったら、他の人たちがグループになって固まっている中に入っていくことはできずに、委縮している気がする。私たちが仲良くできているのは相手が自ら日本に近づいていて、積極性があるからで、助けられている部分が大きいのかもしれない。やはり、迎える側だからといって、決して文化的カプセルの被膜から出たわけではないのかもしれない。どの状況においても、日本人は外国人というだけで、徒競走でいう、まるで一人だけ大分後ろからスタートして、仲良くなるためのゴールまでの距離が長くなり、なかなかゴールできない、みたいなビハインドを負っている状態にしてしまっているのだと思う。
文化的カプセルは、自分の文化と異なった文化に属しているというだけで、偏った見方をしてしまう色眼鏡のようなものだから、人間にとて、人との異文化交流を妨げるものである。私は、文化的カプセルを脱ぎ、本質を見ることができるような人間になりたい。