信頼された私
小4 あさひわ(akohayo)
2026年9月4日
ほんとうに盗人のかしらは泣いていたのであります。子どもも仔牛もじぶんを信用しているのです。かしらの眼から涙か出て止まらないのはそういうわけなのでした。私が一番感心したのは、信頼してもらうことで悪い心の持ち主がよい心へと変わっていくということです、
私は、信頼という言葉を使っていく上で、「信頼ってどんな意味だったかな、そもそも信頼ってなんだろう。」
と、ぎ問に思いました。私は信じて頼ってもらえると思ったのですが、自言がありませんでした。母にたずねると、信頼は任せるということと同じだと考えているそうです。また、信頼してもらえるということは自分で考え、自分できるとても大切なものだと思っているそうです。私は、頼ってもらえると自分で考え行動したり、少し責任感を感じたりするからうれしくなったり、ドキドキすると思います。
私は母が仕事をしていた時に、母が、
「お昼ご飯このお金で二人分買ってきてくれる?自分で選んでいいから。」
とお金を差し出しました。私は一人でお買い物を頼まれるのは、初めてでした。改めて、「私はお母さんに信用され、頼られたんだ。」と思うとてもうれしかったです。しかし、心の中で考え直してみると心の奥から
「失敗したらどうしよう。せっかく信頼してもらえたのに、信頼がなくなってしまうかも。それにお母さんと私のお昼ご飯なんだもの」と不安に思いました。けれどお昼ご飯をしっかり買うことができ安心しました。また、母はそうかんたんに信頼せず、ちゃんとできると思い信頼したんだと思いました。
私はこのお話を読んで信頼してもらうことは人を大きく変える大切なものなのだと思いました。また、信頼する時は相手をよく知ってから信頼しなくてはいけないと思いました。