このところ日本で園芸は

   高1 まさゆき(akiroma)  2026年9月4日

  森の本当の美しさは、嗅覚・聴覚・触覚など五感のすべてが解放されてこそ初めて見えてくる。五感のすべてを解放し、全身で森と対話した時、初めて森は私を受け入れてくれる。多様な木々、草花、虫たち、動物たち、風、匂い、光などすべてが深く関わり合って一つの大きな生命体として生きている森。森のすべての生命がそれぞれの役割を持っている。蚊たちはこの短い夏の間に、必死で生きて子孫を残そうとしている。夏の森に侵入してきた私の肉体から血を吸いとろうとするのは森の自然の摂理そのものなのだ。そのようなものがいたとしても、私は自然と対話できるように生きたい。

 第一の方法は、災害に対する見方を変えることだ。今まで地球の歴史の中で人類は、自然によって相当な恩恵を受けている。食料を得るきっかけを作ってくれていることや、生活するために必要な日陰などにもなっている。そんななかで自然が起こす災害に対してしょうがないと思いつつ、対策を行うべきだ。それが、自然への理解にもつながるし、災害がいい土をもたらし、農業がさかんになったりもしている。悪い側面だけを見ずに、いい部分も見ながら、被害を受けないように対策すべきだ。総じて言うと、いい影響と悪い影響、どちらももたらしまさにお互いが傷つけあい、助け合っているチーム的な要素になっている。そしてその関係が対話につがなっていると私は思う。

 第二の方法は、自然によって与えられた資源を自然破壊に使わないことだ。ここ200年近く化学的、物理的なものが急速に進化しながら発達しているが、それによって自然も比例するように壊されている。大きな分かりやすいことで言うと、幾度たる世界大戦だ。これは、第一次・二次世界大戦だけに限らず、今でも起きている世界各地の紛争も該当する。特に広島、長崎に落とした原爆のときは、周りの自然が崩壊されていた。東京大空襲の画像を見ても、跡形もなくなっている。そのように実際それの武器や、壊されたものに使われているのは、すべて自然から作られたである。自然によって助けられていて人間の生活は成り立っているのにもかかわらず、自然という最大の人間の武器を有効活用するというのが恩返しだと思うし、それでさらに自分たちから目的ではないとしても、壊すという行為はおかしいどころか感謝がないと思う。自然に対して感謝し、自分たちが適切に使うことによって、今本来もっと生い茂った自然もあっただろうに、気候変動や科学的に危なくなったりすることもなくなり人間も安心してローリスクで暮らせる。これは、あくまで理想に過ぎないが、本来求めるべき姿であり、自然と人間のお互いのウィンウィン関係な対話というものなると思う。

 確かに自然を使い倒して、開発も大切だが、自然がもたらす恵みもあるからこそ、開発と自然とでバランスをとらなければならない。また、欲望が止められず、領土や地位が欲しくて戦争したい気持ちや災害に対して自然を悪と思う人もいると思うが、「自然を深く見つめなさい。そうすればすべてをよりよく理解できる。」とアインシュタインが言うように、自然を尊重して大事にしていくというのがポイントだと思う。そんな私は、自然のありがたみを感じながら生きたい。