無用の意味
小6 あえすな(aesuna)
2026年9月4日
街中に噴水があるがそれはなんの役にも立たない。しかし噴水は噴水であればいいのだ。
僕が小さい頃に作ったお父さんとお母さんへの絵を描いた手紙がある。ずっと前からリビングに飾ってある。毎日は見ないけど、ふと見るとその幼稚園の時のことも思い出す。字を書くの先生に手伝ってもらってたなぁー、また戻りたいなぁー、可愛かったなー自分、と思い出す。父と母も同じように時々見て思い出しているようだ。それは決して実用的な何か直接的に役に立つ物ではない。役に立たない意味のある物だ。でもそれがあるとこんなこともあったなと思い出が心にまた蘇り温かくなる。なくても生活に支障は出ないが絶対あった方がいい。だから個人的にだけどミニマリストの人は家の中が退屈になるんじゃないかなと思った。役に立つ必要なものだけだと面白くないし感情も減るような気がする。
ユニバに行くと楽しくなる音楽が流れている。何度も行ったことがあるがその音楽のおかげで入り口の時点でめちゃくちゃワクワクする。あの音楽が流れていると早く中に入りたくてたまらない。(あーこれこれ。ユニバに来た遊ぶぞー。)と一気に気分が高まる。またエリアによってハリーポッターやジュラシックワールドの雰囲気に合う音楽を流している。この音楽でまるで僕がその世界に入ったような気分になる。もしこの音楽がなかったら雰囲気が薄れて帰ってきた時の満足感も半減すると思う。自分は耳に入ってないけど実際のところ勝手にその音楽で気分も上がってると思う。
わ
人間にとって絵や音楽は実用的ではないけれど心に届くものである。お腹を満たしたり住んだりできるわけではない。だがそれは心を豊かにしてくれて自分に気力を与えてくれる。直接役に立たないけど意味のあるものはいっぱいあるんだなと思った。無用の用ということわざがあるように実用的かどうかを直接判断するのではなく他の見方をすると大きな役割があるものもあるのだ。