自然の中の一員であるという自覚を持つためには
中3 あかさほ(akasaho)
2026年9月4日
ラップランドの夏の森に一歩足を踏み入れると、まず最初に出迎えてくれるのはおびただしい数のかやぶよの大群だ。だから森に入る旅人は長袖、長ズボン、そして蚊よけ帽子をかぶるのが鉄則となる。しかし、このようなバリヤーを自分の体の周囲に築いてしまうことは、森と対話する最も重要な回路を自ら閉じてしまうことになる。森の本当の美しさは、嗅覚・聴覚・触覚など五感の全てが解放されてこそ初めて見えてくる。森の全ての生命がそれぞれの役割をにないながら、ともに一つの生命のシンフォニーを奏でているのだ。私は、自然のなかの一員であるという自覚を持って生きていきたい。
そのための方法の一つ目は、全てのものが助け合って生きていることに気づくことだ。地球上にはさまざまな生物が暮らしているが、生物にはそれぞれの役割がある。そこで、生物の役割についてインターネットで調べてみた。まず、植物だ。植物は、酸素を供給したり、動物のすみかになるという役割を持っている。また、葉から水分を蒸発させる、蒸散を行うことで、周囲の気温を下げる働きがある。次に、虫だ。虫には植物の受粉を助けたり、ある一種の生物が増えすぎたりしないように、数の調節をする役割がある。肉食動物は、草食動物が草を食べ尽くして、森が砂漠化することや、ネズミなどが増えることで感染症が拡大することなどを防いでいる。また、草食動物は、古い草を食べることで、新しい元気な草や芽が育つようにすることや、森がジャングルのようになるのを防ぎ、さまざまな生き物が活動しやすい風通しの良い環境を作る役割がある。このように、生物はそれぞれ重要な役割を持っているが、人間の自然界での役割を考えるとなかなか思いつかない。私は、人間の役割は、肉食動物や草食動物と同じなのではないかと考えている。今は変わってしまったが、昔はそうだったのだろう。なぜなら、人間の子孫は猿のような生き物であるため、発達途中の人間はそのような役割を果たしながら生活していたのだろうと想像できるからだ。これからは、自然の一員としての自覚を持って、地球の役に立てることはないかを考えながら生活していきたい。
第二の方法は、自分と自然の関わりについて考える機会をつくることだ。私は小さい頃から森や川などの自然を感じられる場所に行くことはあまり好きではない。その理由は、そのような場所では心細く感じるからだ。たまに学校行事で行くことがあるが、そのような時にしかあまり訪れることはない。中学2年生の秋に、冒険型体験学習という宿泊体験学習に行った。その行事は3日間にわたり、長野の野辺山付近で行われた。1日目には、重いタイヤをチームのみんなと引っ張りながら、スキー場の坂をのぼり、他のチームとのタイムを競うというアクティビティーを行った。その行事で行うチャレンジを全てそのチームのメンバーで行った。2日目は、登山だった。チームに分かれ、頂上まで登り下山した。私たちのチームが下山することができたのは、午後7時ごろだった。その理由は、私が怖がりだからだ。初めは緩やかな坂で、ハイキングコースのような道だったのでよかったのだが、途中から岩場やはしごで登るところなどが出てきて、進むスピードが落ちてしまった。いつもなら、自分が苦手なことは誰かに手伝ってもらったり、現代の技術に助けてもらいながら克服できる。しかし、普段生活している所から離れてしまうと、自分の体だけでどうにかしなければならない。もちろんチームのメンバーや引率のスタッフの人も助けてはくれるが、自分で大部分を克服しなけらばならないという心細さがあった。今でもそうだが、その当時から、いろいろな場所にクマが出現するようになっていたので、クマに遭遇してしまったらどうしようという不安もあった。くまが出てきてもどうにかできるような力はないので、逃げることしかできない。くまが出てきたらどうしようと想像するだけで怖かった。登山中は無事に帰ることができるように一刻も早く下山することに夢中でこのようなことは考えられなかったが、帰ってきてみて、このような心細さから怖いと感じていたのではないかと考えた。これまで人間は、快適に暮らすために開発を進めてきたけど、自然の中ではどうしてもコントロールできないことがあるんだなと改めて感じた。
確かに、快適な暮らしのために開発することも必要だ。しかし、「自然は無駄なものを何一つ作らない。」という名言があるように、自然の中の一員であるという自覚を持って生きていきたい。