コミュ力
中1 あえほあ(aehoa)
2026年9月4日
ヒトを生物の一種としてみなした場合、個人レベルではなく、人間自身が作った社会システムに依存して暮らしている点からである。違いは社会的・文化的な面があるかどうかや、鎖が目に見える具体物かどうかであるともいえる。自己ペット化の場合には、自己家畜化のような論理に基づいたものであるよりも、状況を示す表現に力点が置かれた言い方である。 ある程度の自己家畜化は必要だ。
理由第一は「自分をコントロールするため」だ。自分の気分だけで行動すると、生活が乱れたり、やるべきことを後回しにしてしまう。だから、自分を少し抑える力が必要だ。人は好きなことばかりしていると、勉強をさぼったり、生活リズムが崩れたりしてしまう。私の友だちに、テスト前なのに「まだ時間あるし、今日はいいや」と言ってゲームを続けてしまう人がいた。その結果、テスト直前になって急に焦り出し、夜遅くまで勉強することになっていた。本人は「もっと早くやっておけばよかった」と言っていた。だから、自分の気持ちをコントロールし、「今はやるべきことをやる」と決める力が大切になる。これが、自己家畜化の良い面だと思う。私も昔、「まだ時間があるから」と夏休みの宿題を全然やらず、8月の半ばになってようやく「やらなきゃ」と焦りはじめ、なかなか終わらなくて「早くやっておけばよかった」と反省した時があった。また、私もテストが近いのに勉強が嫌で少し現実逃避をした結果、後悔ばかりした。
理由第二は「周りと協力して生活ため」だ。学校や社会では、時間を守ったり、相手の気持ちを考えたりすることが求められる。もし一人ひとりが好き勝手に行動したら、みんなが困ってしまう。私のクラスで、授業中にちょっとしたことで話し始める人がいる。その人は悪気がなかったのだと思うが、先生の説明が聞こえなくなって、周りの人がノートを取り損ねてしまうことがあった。そのとき先生が「みんなが気持ちよく授業を受けるために、少しだけ自分の行動を抑えることも大事だよ」と言っていた。このように、自分のわがままを少し抑えて周りと合わせることも、自己家畜化の一つだと私は思う。自分のちょっとしたわがままを抑えることでみんなが楽しく生活することができる。
確かに人間には自由も必要だ。かと言ってずっと社会システムに合わせていくと自分のしたいことができなくなってしまうから、時には自分の自由を大切にするのもいい。実際に、ずっと社会システムに合わせているとまるで檻の中にいるような感じがしないだろうか。システムに合わせるのもいいと思うが自分の自由も大切にしないといけないと私は思う。けれど、「人はその制服の通りの人間になれる。」という名言があるように、社会のシステムに合わせて生活していくことによって、周りの人も自分も楽しく生活できる。