【まえ先生からのひとこと♪】
里琴(こと)ちゃん自身の海外での体験をもとに、日本文化についてじっくり考えを深めているね。特に、サウジアラビア人の友達との交流をきっかけに、「自分にとっての当たり前」を見つめ直しているところがとてもいいよ。食文化や宗教など、具体的な体験から大きなテーマへと考えを広げているので、中1とは思えないほど、考える視点が豊かだね。

【特に優れていた点】
・カプサやおにぎりをめぐる友達とのやり取りを具体的に描い(えがい)ていて、異文化交流の楽しさや発見が伝わってくるね。
・「クリスマスとお正月」「板張りの床(ゆか)と畳(たたみ)」という身近な例から、日本文化が異なる文化と共存していることに気づいているのがいいよ。
・自分の文化への誇り(ほこり)を持ちながら、他の文化を学ぶことの大切さも認めているところに、バランスの取れた考え方が表れているね。

【さらなるレベルアップを目指して】
・友達との交流を通して「自分の当たり前が変わった」と感じた瞬間(しゅんかん)を、具体的に掘り下げ(ほりさげ)てみよう。どんな発見があり、どんな気持ちになったのかまで書くと、体験の意味がさらに伝わるよ。
・最後の「日本文化のすばらしさ、奥深(おくふか)さ」について、里琴(こと)ちゃんが特に海外の人に伝えたいものがあれば考えてみよう。具体的に考えることで、最後の決意がもっと力強くなるよ。

――海外で実際に暮らした経験があるからこそ、「日本では当たり前のこと」を外側から見つめられているのが、この作文の大きな魅力(みりょく)だね。自分の文化を大切にしながら、他の文化も知ろうとする姿勢は、これから国際社会に出ていくうえでも大切な視点だよ。里琴(こと)ちゃん自身の体験から生まれた「なぜだろう?」を、これからも大事に育てていってね。
<<え2017/285み>>
 


■思考語彙 22種 26個 (種類率85%) 82点
、なぜ,。しかし,。例えば,あるかも,いうと,いこう,いると,そう考える,だろう,と思う,と考える,ないかも,ならば,に思う,に思える,のに対し,みると,れざる,を考える,使わざる,文化にとって,私にとって,

■知識語彙 52種 97個 (種類率54%) 73点
一神教,不思議,世界中,中国,共存,共有,十分,単一,友達,反応,国際,夕食,大切,季節,宗教,小学,島国,年生,当時,彼女,意識,憂鬱,拒否,放課後,政策,文化,新鮮,方角,日本,枚挙,概念,毎日,民族,流行,海外,浸食,独自,痛感,社会,神道,紹介,経験,絶対,自分,自国,蒸留,西洋,見解,貴重,過言,食事,食卓,

■表現語彙 112種 219個 (種類率51%) 79点
おにぎり,お互い,お正月,お祈り,こと,ごはん,さ,すばらしさ,すべて,そう,それ,たち,たび,もの,よう,イスラム,インディカ,ウィルス,クリスマス,コロナ,サウジアラビア,スプーン,ゼロ,ナイフ,フォーク,マンション,メッカ,一神教,不思議,世界中,中,中国,二,二つ,人,他,共存,共有,初め,十分,単一,友達,反応,受け入れ,口,味,回,国,国際,夕食,大切,季節,宗教,小学,島国,年生,床,強み,当時,彼女,意識,憂鬱,手,拒否,放課後,政策,文化,新鮮,方,方角,日本,時,板張り,枚挙,概念,毎日,民族,流行,海外,浸食,物,独自,畳,痛感,的,社会,神,神道,私,米,紹介,経験,絶対,考え方,自分,自国,蒸留,西洋,見解,誇り,貴重,過言,違い,間,陸続き,隣,頭,顔,食,食事,食卓,驚き,

■経験語彙 45種 58個 (種類率78%) 86点
しまう,しれる,せる,そう考える,つける,できる,とる,と思う,と考える,に思う,に思える,ゆく,られる,れる,を考える,伝える,住む,使う,備わる,出る,出会う,取り入れる,受け入れる,合う,向ける,喜ぶ,学ぶ,守る,宿る,廃る,感じる,招く,持つ,敬う,比べる,決まる,浮かぶ,深める,生きる,生まれる,知る,行う,貫く,食べる,飽きる,

■総合点 85点

■均衡点 5点
 

日本人は笑わない
   中1 あさりこ(asariko)  2026年9月4日

     日本に対する海外からの評判は沢山ある。その中には良いものも悪いものもある。日本文化に関する評判もそのうちの一つだ。私たちは日々、独自の文化になんの疑問も持たずに生活している。しかし外国人にとって、ヨーロッパと日本の文化が共存している日本文化は不思議で仕方がない。このように私たち日本人にとっての当たり前は外国人の当たり前ではないのだ。本来は交わることのない文化を取り入れることで二つの文化を共存させることは私たちの文化にとって大きな強みになると考える。

    私が小学二年生になった時だった。コロナウィルスが世界中で流行した。その中で私が当時住んでいた中国では厳しいゼロコロナ政策が行われるようになった。憂鬱に思っていた時、隣に住んでいたサウジアラビア人に出会った。毎日のように放課後、私たちはお互いの文化を共有し合った。そんな貴重な経験をする中で、私は徐々に、イスラムの文化を知るようになっていた。それは西洋の文化と独自の文化の間に生きている私にとって新鮮でもあり驚きでもあった。例えば、食である。彼女たちは西洋の文化であるフォークやスプーン、ナイフを使わず、手を使って食事をする。毎日の食卓に出てくるものは決まってインディカ米に味がつけられたカプサというごはんであった。生まれてから日本食ばかりを口にしてきた私にとっては物珍しく、夕食に招かれるたびに喜んでカプサを口にしていた。しかし、彼女たちはというと「またか」というような顔をしながら憂鬱そうに夕食をとっていた。また、私が日本の文化としておにぎりを紹介すると喜んで食べていた。彼女たちの反応を見て、独自の文化を大切に守ってゆくことは大切だけれど、それと同時に、他の文化を学び、取り入れてゆくことも同じくらい大切なのだということを痛感した。

     ふと自分のことを考えてみた。私は自国の文化に飽きたことがあるだろうかと。そう考えてみるとあまりないように感じられた。同じ季節に共存するクリスマスとお正月、同じマンションの中に共存する板張りの床と畳など枚挙にいとまがない。島国で単一民族の私たちは他の文化を取り入れているのに対し、なぜ大陸続きのサウジアラビアが独自の文化を蒸留しているのだろうと考えた時、まず初めに私の頭に浮かんだのが宗教だった。私のサウジアラビア人の友達は毎日5回、メッカの方角に向けてお祈りをしていた。それだけ彼女たちの絶対的な神、アッラーを敬っているのだ。一神教の彼女たちに比べて私たちに宗教はない。強いて言うならば神道という考え方があるかもしれない。絶対的な一神教の国とすべての物に神が宿るという考え方をする国の他の文化の受け入れ方に違いが出てくることも不思議ではない。彼女たちには他の文化を受け入れるという概念が薄いのだ。あるいはないと言っても過言ではないかもしれない。翻って私たちにはそのような考え方が備わっているように感じる。

    私も日本の文化に誇りを持ち、他の文化に浸食されずに自国の文化を貫きたいという意識は十分にある。しかし他の文化を拒否してばかりいるとおのずとその文化は廃っていってしまうように思える。国際社会に出た時に海外の人に日本の文化のすばらしさ、奥深さを伝えることができるよう、自国の文化に対する見解を深めていこうと思う。