季節の移ろい
中3 あおらえ(aorae)
2026年10月1日
世界には乾季と雨季がはっきりと分かれている国もあれば、四季のある国もある。日本は後者であり、春・夏・秋・冬によってそれぞれ気温や湿度、植生などが変化していく地域に位置する国だ。春は桜、夏は西瓜、秋は紅葉、冬はリンゴといったそれぞれの季節を代表するものがある。身に着けるものをかえることも、季節の移り変わりを表す一例だ。後醍醐天皇の建武年中行事に朝廷の衣替えについての記述がある。しかし、近年はエアコン等による空調のため、季節を感じることが少なくなっている。季節にかかわらず一年を通してリンゴなどの植物が店頭に並べられているように、季節を表す果物も、おいしさは別としていつでも手に入れられるようになった。私は季節感のある暮らしをしたい。
第一に、季節の変化を大切にすることが挙げられる。平安時代に清少納言によって書かれた「枕草子」は「春はあけぼの。」から始まる。夏は月や蛍の見える夜がよいとし、秋は夕暮れ、冬は早朝がよいと述べている。このように、清少納言は季節ごとの変化を楽しんでいた。平安時代の人々が感じていた四季の移り変わりは、現代を生きる私たちの身近なところにもある、季節ごとにある変化は今も変わらずに残り続けている。例えば、気象庁の公表する1991年から2000年までの30年間の平均値のデータによると、東京では最も寒い1月と最も暑い8月で平均気温に21℃強もの気温差があることが読み取れる。このように季節ごとに大きな変化があるからこそ、それぞれの季節の変化を大切にするべきである。
第二に、季節の行事を楽しむということが挙げられる。近年は少なくなってきたが、それでもなお様々な行事が残っている。例えば、春には全国各地でお花見が行われる。秋には山形などの東北地方で芋煮会が開かれる。このような行事によって季節を感じ取ることができる。私が8年ほど前に名古屋に住んでいた時、通っていた小学校が夏祭りを開催した。屋台を作り、一般に開放された状態の校庭でおみこしを担いだのはいまだ忘れていない。また、上級生たちによる松明回しの光景は当時とても興味深く感じられたものだ。この夏祭りのような行事に積極的に参加していくことにより季節ごとの楽しみを見つけられたり、その季節であることを改めて感じることができたりする。
しかし、季節を大切にするよりも、同じような、一定の生活をするほうが安心であると感じる時もある。特に、春や秋の気温の変化が激しい時節に風邪をひいた場合だ。そのような場合には、変化が鬱陶しく感じられてしまう。しかし、「同じ川に二度入ることはできない」という古代ギリシアの哲学者ヘラクレイトスの言葉がある。川の水が常に流れ続けているように、世の中の物事は人が関わっていようとなかろうと常に変化し続けている。季節も同じであり、二度と同じ状況下の季節は巡ってこない。だからこそ、変化を避けるのではなく、その時にしか味わうことのできない季節に目を向けながら日々を送っていきたい。