視覚系

   中2 あおなち(aonati)  2026年9月4日

 視覚系は、光を介して物の形を認識する。聴覚も形の認識にまったく無関係とはいえない。コウモリは自分の出す超音波を利用して餌の虫を捕らえ、障害物を避ける。そのためには相手の位置や大きさ、広がりを「耳で見ている」はずである。形は頭の中にある。目がなかったら、物は見えない。その目は脳に連絡している。目の網膜は、発生的、構造的には、実は脳の延長であり、相似とは、脳の一部がやっていることを、脳のどこかの部分がよく知っている、ということかもしれないのである。

 確かに相対的ということは、私たちにとって便利だ。例えば、サッカーの話である。サッカーは時間通りに動くわけでも試合の時間が確実に決まっているわけでもない。相手によって行動を変えることがサッカーの醍醐味であるはずだ。相手がプレッシャーをかけてくる時間なんて予定されているわけではない。もしも予定されているのであればその予定表を盗み出し印刷するだけのただのお遊戯会になってしまう。相手の行動を予測して動く方が絶対に楽しいし、予測してボールを奪い返したほうが気持ちいに決まっている。

 

しかし、人生には絶対的なものが必要なときもある。例えば、漢検や英検などの合格点数だ。合格点は周りの人と比べて決めることはしない。学校の定期テストとは違って平均点で赤点かを決めない。合格点を超えるという目標が的確にあるから検定の勉強は定期テスト勉強より気が楽なのかもしれない。80点という目標点数を自分で出しても気持ち的には、きついであろう。これらから確実に決まっている目標があるからこその気持ちの作り方があるのだなと感じた。

 確かに、相対的なのも、絶対的なものも、どちらも大切だ。しかしもっと大切なのは、「他人ではなく、昨日の自分と比べなさい。」という言葉があるように自分で新たな道に行動していくべきだ。