「文化的カプセル」とは

   小6 たかさら(takasara)  2026年9月4日

  世界中、どこに行っても日本人の旅行者たちは、身の回りに、「日本」をもって動き回る。

 旅行者たちを取り囲む小さな「日本」、あるいは、彼らが持ち歩く「日本」、それを、私は「文化的カプセル」と名付ける。

 日本人は、日本を微分化した小さなカプセルの中に入って、そこで初めて、安心するのである。

 私にも似た経験がある。

 私の学校ではクラス替えが一年に一度ある。クラス替えが一年に一度あるメリットは何より生徒がわくわくして学校に来れることであると私は思う。だがデメリットは何回もクラス替えをすると仲良しだった子と離れ離れになり、私も一年生のころのクラスのメンバーを久しぶりに見てみると一回もしゃべったことがなかったような子がたくさんいた。だがやはりクラス替えは楽しい。でも結局仲良し同士集まってしまうものである。私もそうだ。今年は仲良し三人と一緒のクラスになり、いつも四人で行動している。男子も同じで問題児は問題児同士。まじめな人たちはまじめ同士で集まって行動している。まるで宇宙に散らばっている星の中の星座のようなものだと思った。そのような状況を見るとやはり人間には「文化的カプセル」というものが存在するのだなと実感した。

 私には「文化的カプセル」を破ったこともある。だが私が「文化的カプセル」を破れる時は決まっていて、私の気分がいい時とこの人とは人生の中でもう二度と会わないだろう、と思った人にしかできないのだ。実際私が志望校の学校見学に行ったときに隣の席の子に話しかけてみたら案外気が合い、友達になった。だがその時も私は心のどこかでこの人とは人生でもう二度と会わないだろうな、と感じていたから話しかけたのだ。

 私は友達にも聞いてみた。すると友達はアメリカに行ったときにホテルのご飯がアメリカ食が大半で日本食が食べたいな、と思っていた時に和食が登場し、真っ先に全部食べたという。私はそれを聞いてやはり日本人は日本固有のものを愛し、それ以外の者には案外興味がないのだと思った。

 私は文化的カプセルとは人間にとって必要不可欠であり、また、日本人が一番持ち合わせているものでもあるがその「文化的カプセル」を破ったときは日本人が一歩成長するときである。