衰弱したアイデンティティの(感)
中1 あけさわ(akesawa)
2026年9月4日
じぶんがだれかということがよくわからなくなるとき、じぶんのなかにほんとうにじぶんだけのもの、独自のものがあるのかどうか確信がもてなくなるとき、ぼくらはじぶんになじみのないもの、異質なもの、それにちょっとでも接触することをすごく怖がる。自分の同一性を確保しようとするなら、~ではないというかたちで、ネガティヴに自分を規定するしかない。ぼくらはじぶんをだれかある他人にとって意味のある存在として確認できてはじめて、じぶんの存在を実感できるということだ。
「自分は~でない。」という否定的な形でアイデンティティを確立するよりも他者との関係からアイデンティティを確立するほうが良いと思う。他者との関係の中でアイデンティティを確立させようとすると自分の居場所ができるからである。私は小学生六年生のとき、誰とも価値観が合わないというある種の決めつけからどこのグループにも入っていなかったので、特定の仲が良い人がいなかった。修学旅行で班に誘われずそこで初めて友達を作っておけばよかったと後悔した。中学校に入学してからはまっさらな状態から関係性を構築できるので、友達作りに俄然やる気が入った。入学から半年以上たった今では、カラオケやゲームセンターで一緒に行ったりもしている。本当の友達が出来たことで、立ち位置が出来たと思う。
また第二の理由としては、他人との関係の中でアイデンティティを確立させようとすると自分が成長できるからである。自分のあらをさがすより「人のふり見て我がふり直せ」という言葉の通り他人を第三者の視点から見て自分と比較することが求められる。私は前に席が近かった子に人のものを勝手に触る子がいた。その子は私の筆箱を勝手に毎日のように開けてきて、自分が気になるものがあると取り出し、私のお気に入りのボールペンを許可なく使ったこともあった。怒りが蓄積していった私はある時その子に厳しく返事をしてしまったがその後、大人しくなったので結果的にはよかった。人は他者から吸収したもので自分を形成しているので、自分が嫌だと思うことは他人にやってはいけないことをこの一件を通じて、学ぶことができた。
確かに、否定的な形でアイデンティティを確立する方が簡単である。私は母に一言ネガティヴなことを言われると自分はそういう人間なのだと思い込み、しばらく立ち直れない。相手に言われた言葉は、相手が思っている以上に傷つけてしまうからである。しかし、「短所を無くす一番よい方法は、今ある長所を伸ばすことである。」という名言があるように他者との関係の中でアイデンティティを確立していく方が自分の長所を磨いていけるだろう。