一番になったこと

   小5 あこちは(akotiha)  2026年9月4日

 一番になったこと

                       あこちは

 「あ~。惜しかった~。」

私は、一番というより二番のエピソードがある。英語のスピーチコンテストに出た時が何度かあった。

 私が、行っている英語は児童クラブのようなところで、年に一度、スピーチコンテストがある。そこでは4つの段階で別れて、字数などが違う。一番したのレベルがファウンデーション、その次にスタンダード、その次にインターミディエー卜、一番高いレベルは、アドバンスという風にレベルが別れている。私が二番になったのはインターミディエー卜の時だ。みんなと同じように、私はたくさん練習し、暗記もしていた。そして、私は「私が一番だ!」と思っていたが、ギリギリの差で私は2位になってしまった。だから私はすごく悲しくて、その夜は泣いてしまった。大会やコンテストではみんながたくさん練習しているから、普通の練習では1位にはなれないということが分かった。これから、1位になるんだったら死にもの狂いで練習しないと。一位の子は、練習してきた道のりが、まるで天にも上るような気持ちなのかもしれない。

母は高校生のころ、しゃこうダンスをやっていた。そのダンスは男女混合で踊るダンスだ。そして、母の高校は、その大会によく出ていた。それでその年大会に出てみんなと力を合わせて踊った。その後は他の学校の躍りを見ていた。そのなかで母は、優勝できるかが心配だったが結果発表の時、見事優勝したので嬉しかったそうだ。他にも母は、大学の論文で一位をとった。その論文は P.100もある。その内容は、学校のどくとくな文化についてだ。もともとちがう学部から入ってきた母が、一位を取ったのでその学部の人は、「うれしい」といっていたそうだ。母はどちらかというとよそものという感じがしたからうけいれてくれてよかったと思ったらしい。

妹が、年長さんの時、保育園の運動会練習のリレーでは、色でチームに別れている。赤、黄、青、があった。そして、妹は赤色のチームに入っていた。妹がアンカーとしてラストスパートを走っていたときだ。その時は、赤チームは黄色チームに抜かされていた。そして、もうゴールにつきそうな時だった。妹がそこから本気を出して、なんと最後は赤チームが勝った!!!!ちなみに、青色のチームは3位だった。そして練習後、女子には

「ありがとう!」

「助かった」

男子には、

「あざす!」

と言われたらしい。それで妹は嬉しくなり、保育園から帰ってきたら、公園で父と走る練習をしたり、体育ノ介ノ動画を見たりして練習していた。

 一番になるには、死に物狂いで努力しないといけない事が分かった。