恐れるのではなく

    ()  年月日

「もう知らない!」

私は何度も喧嘩というものを経験した。ただ最近は、喧嘩をする事はあまりない。それによってつまらないと思ってしまっている。ここで、「喧嘩がないのはよいことだろう」と、なぜつまらないのか、疑問に思った人もいるかもしれない。よく喧嘩は恐れられる。喧嘩は良くないことだと思われがちだ。果たして喧嘩には何のメリットもないのだろうか。「喧嘩=悪い」は、ただの固定概念に過ぎない。私は喧嘩をする機会は、相手のことを知る最大のチャンスであると考えている。だからこそ、私は喧嘩をする事は良いことだと思う。その理由は二つある。

 理由は、第一に、喧嘩を経験することで、思い通りに行かない現実を受け入れ、相手の立場に立って考えるスキルが身に付くからだ。私は小学三年生の頃、今でも記憶に残るような大喧嘩をしたことがある。それは弟との喧嘩だ。ある日、母が私たちに、味の違うグミを1つずつ買ってきてくれたとき、私はマスカット味、弟にはぶどう味を買ってくれた。スーパーマーケットから帰ってきて、グミを食べるとなったときに、私は弟に「ぶどう味のグミ一つだけちょうだい」と言った。弟はいいよと言いながら、私の手のひらにグミを置いた。そして弟からも「一つ、そのグミちょうだい」と言われたときに、私は拒否してしまった。当時のの弟はまだ幼かったため、大泣きしてしまった。そこから私と弟の大きな口喧嘩となってしまった。もし私が弟の立場になって考えていれば、このようなことにはならなかったはずだ。弟もおそらく私にグミをあげたくなかったはずである。そして自分が言えたのに相手からもらえなかった事はとても悲しかっただろう。自分の納得いかない現実を受け入れて、相手の立場になって考えられるようにするためにも、喧嘩は必要だ。

 理由は、第二に、喧嘩によって、隠していた本音や考え方を知り、お互いの違いを正しく理解することができるからだ。二〇二五年、株式会社リンクスのデータによると、夫がいる女性の約九割が「本音を言えていない」と言う。私にもお互いの本音が言えず、友達と気まずくなったことがある。ある日、私はその子と遊びの予定を立てていた。すると、意見の違いが発生したのである。私は、買い物を友達と楽しみたかったが、友達は私とプリクラ写真を撮るなど、遊びに集中させたかったという。一瞬気まずくなったが、お互いの本音が言えたことで、その情報の意見を取り入れ、遊びの計画を立てることができた。実際遊んだ日もとても楽しかった。このように喧嘩は今後の社会を生きるにあたって大切なことを教えてくれるのだ。

 確かに、喧嘩をしてしまうことで、感情のぶつけ合いで、人間関係を円滑にさせるどころか、余計悪化させてしまうと言う意見もある。その意見にも非常に納得できる。だが、逆に成功することもある。最初にも述べたが、喧嘩にはデメリットだけではなく、メリットもたくさんある。喧嘩は、あまり関わったことなかった人と仲良くなれる大チャンスなのかもしれない。「一人の敵も作らない者は、一人の友も持たない」と言う名言をご存知だろうか。喧嘩と言うものを忘れたばかり。では、自分と親しい関係の人を作ることもできない。大切なのは恐れずに挑戦することだ。これは喧嘩以外にも日常生活の中で様々なことに当てはまる。ぜひ実践してみて欲しい。私は喧嘩のような失敗を恐れず、挑戦し続けることが大切だと考える。これからは、喧嘩を積極的にするというまでにはいかないが、相手との信頼を得るチャンスを見計らいより良い人間関係を築いていきたいと思う。

「ごめんね」

「いいよ」

また親しい人が増えた、そんな気がした。