学問
高2 あうては(auteha)
2026年10月1日
私は高校受験の前から暗記が得意で、数学や理科といった思考系は苦手だった。しかしここ一年でその傾向が変化した。確かに暗記科目も1回目は楽しい。どういうことかというと私は世界史選択なのだが、世界史を最初に学ぶときには知らなかったことを知る面白さがあちらこちらに転がっている。関連する人物や出来事を辿っていき、歴史を紐解いていくことは楽しい。しかし、暗記科目として暗記しようとすると話は別だ。既に知っていることを何周もして記憶に定着させていく作業は楽しくない。一方で物理や数学は問題を暗記するのではなく毎回思考力を働かせて事象や数式を明らかにしていくので飽きることがない。しかしそれらでさえ受験問題である以上明確な答えが存在している。一方で私たち高校生にとってまだ答えの存在しない問いに対して自分で方法を考え答えを探っていく学問をする機会はほとんどない。高校生のうちに学問をしにくいのは問題だ。
第一の原因は、成果をあげることが求められているからだ。最近は個人の研究を発表する場が増え、受験にも使えるようになっていきているが、それらは成果を出したことが前提になっている。高校生にとって好きな研究をするには周りからの理解と援助が必要な場合がほとんどだ。そして結局何も見つけられなかったといったような失敗を許容しない暗の圧力がかけられるとなかなか答えの未だ存在しない問いに一歩を踏み出しにくくなる。それは大学に入ってもあまり変わらないのではないかと思う。私は詳しくはないのだが、研究をするにしても卒業論文には何かしらの成果を載せることが求められていると思う。研究した結果何も得られませんでしたではなかなか論文を提出しづらいだろう。私たちが自由に気軽に学問を探求するには大人になり周りの目を離れてからでないと難しい。
第二の原因はそもそも学校が忙しかったり受験科目が多かったりで時間を割けないからだ。大学受験の科目数は本当に多いと思う。興味のない科目に自分の好きな科目の数倍の時間をかけなければならず、なかなか他に手を伸ばしづらい。私も前述の通り物理と数学は自発的に勉強でき、英語と現代文も多分大丈夫なのだとはいっても、全く勉強する気の起きない古文、生物、情報などに加えて学習する気は起きても暗記をする気は起きない漢文や世界史など受験におけるハードルは山積している。更に、高校は学校活動も忙しいので、こうなるとどうしても自分の好きな教科を勉強をする時間は削られる。ましてや受験に全く関係のない研究などとても手が回らないと思う。こうしてほとんどの高校生にとっては受験までに習得しなければいけない知識やテクニックに精一杯になり、受験には全く関係のない答えのない問いを追い求める余力は無くなるのだと考える。
、確かに、確実なゴールの見える受験勉強の方が取り組みやすい。自身の現在の位置や進捗が客観的に把握しやすく、目指すところも明らかだ。そして、最初は答えのある問題を解いていくことは有効だと思う。基礎的な知識や問題解決能力、論理的思考力を保持していないと学問に取り組むのは難しいからだ。しかし高校生にもなればそれらを身につけた人は多くなってくる。義務教育も中学生までだ。高校からは好きな学問を探求する力を少しずつ身につけていっても良いのではないか。来た道をを振り返るだけでは前に進まない。前へと切り拓いていかなければならない。人類は誰かが新たな答えを見つけることで進歩してきた。病気のワクチンやプラスチック、デジタル社会の基礎となるトランジスタなど誰かが研究を行ったことで生み出されていきたのである。現代社会でも答えのない問いに立ち向かうことは数多く、明確答えのある問いに取り組むことなどほとんど存在しない。そうした中、高校生のうちから学問をするのが難しい状況は問題だ。