未来への選択
高2 あかれり(akareri)
2026年10月1日
電車に乗ると、日本は豊かな国だとは言うが、憂鬱そうな顔をして通勤や通学に向かう人が多いのに驚く。そこには学生や社会人の多くが己の現状に満足しきれていないことにより引き起こされている問題が多くあるのだろう。現代社会では、多数の人が未来より目先の利益や幸福を求める。今を楽しく生きることが幸福だと思っているのだろう。しかし幸福とは、満足した状態のことではなく、何かを求める過程だと思う。私たちは、未来に幸福を求めるべきだ。
第一の方法は、現状に満足しないことだ。なぜなら現状に満足しすぎると、私たちはこれ以上の努力を怠ってしまうからだ。テストで平均点以上取れたからと言ってそこで勉学を投げ出すと、それ以上成績向上は見込めなくなってしまうだろう。また、広い視野から見ると人類は、はるか昔から現状に満足せず進歩を続けてきたことが見て取れる。例えば弥生時代では稲作を始めたり、蒸気機関を生み出したりなど世界中の人類が現状に満足せず、未来を見据えて、未来の幸福を求めて発展を続けてくれたおかげで今の私達の生活があるのだ。身近な例で言うと、習い事などもその一つだろう。未来の投資として、今の自分の持つ力を幼い頃から育む。私も小学生の頃から、習字を習っていた。文部科学省が実施した調査によると、公立小学生の約80%が、何らかの学校外活動を行っていると報告されている。8割が習い事をしているからと言ってそれが正しい訳では無いが、将来のためを考えると幼い頃からの学校外活動は将来的な幸福をもたらしてくれるのではないだろうか。
第二の方法としては、成功したことが尊いのではなく、挑戦することが尊いのだという価値観をもてるような社会を作ることだ。なぜならこの世のすべてが成功からなされたわけではないからだ。成功を求めて失敗を繰り返す中でその失敗が別の観点から見ると別の成功物の可能性もあるのだ。料理などでもよく聞く話だ。そのように失敗から生まれた料理もあるように成功だけが成功ではなく、失敗もまた成功になり得るのである。有名な話だがトーマス・エジソンは「私は失敗したことがない。うまくいかない1万通りの方法を発見したのだ」と言い残し、実用的な白熱電球を発明した。
確かに、幸福は心の持ち方だという考え方もわかる。しかし、私は敢えて、幸福とは未来を目指すなかにあると言いたい。現状に満足することで得られるその場限りの幸福と、未来の幸福を追求する未来の自分への投資とを比べたときにどちらが、より自分自身を成長させてくれるのか。どちらが、より大きな幸福を授けてくれるのかを考えて生きるべきなのである。「人は今を歩いているという。しかし私たちが歩む場所はいつだって、まだ見ぬ未来の中なのである。」現代社会では今を生きるだけでも手一杯の人が多く存在する。金銭的な苦痛、精神的、肉体的な苦悩。様々な要因で、今を諦めようとする。しかし、それを乗り越える過程は未来への一歩を踏み出させる肥料、エネルギーとなる。私たちは、最大限その肥料を駆使して、未来の光を掴むために成長していかねばならないのである。