このところ日本では園芸が

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 このところ日本では園芸が大はやりであるが、花木や草花の名称が大変な勢いで外来語に置き換えられている。

例えば、彼岸花ならば、花の咲く季節との関係でだれにでもわかりやすいのに、それをどうして呼び変える必要があるのだろうか。

このような現象の背後に、絶えず新しさを求め続ける日本人の積極性を認める人がいるかもしれない。

新奇さを求める心が一概に悪いとは言えないが、この園芸の分野に見られるような、行き過ぎた外来語の流行はやめてほしいと思う。

私は日本的な良いものを見つめなおす生き方をしたい。 

 そのための方法は第一に、身近な自然を楽しむ気持ちを持つことだ。

私の家の近くには、西神中央公園という山を崩してつくられた自然に囲まれた大きな公園がある。

私はそこでの思い出がたくさんある。

一つ目は、春になると桜が満開になるので家族や友達とお花見をしたこと。

二つ目は、母と紅葉を見に行ったり、キャッチボール、バドミントンをして遊んでもらったこと。

今でも、バドミントンをして遊ぶことがある。

自然に囲まれているから空気が綺麗で幸せな気持ちになる。

三つ目は、私はギターをしているので、夜に歌が好きな友達と公園に行って歌ったこと。

私がギターを弾いて友達に歌ってもらったり、一緒に歌ったりした。

夜の公園には誰もいなくて、周りを気にせず、二人で思い切り歌うことができた。

このように、身近なところに自然があると思い出にも残って、とても楽しむことができる。

 また、第二の方法としては、日本に昔からあるものの良さを、改めて見つめることだ。

私は小学校の時に学童に通っていた。

そこには月一くらいの頻度で「けん玉検定」「こま検定」というものがあった。

私は友達とそれを頑張っていて「けん玉検定」は八段か七段くらいまで合格できた。

「こま検定」はたまにしか参加していなかったので、六級くらいまでしか合格できなかった。

「けん玉検定」をしていたおかげで今もけん玉をすることができる。

私は凧揚げと羽子板をしたことがないので、お正月にはしてみたい。

このように、日本に昔からあるものの良さを知ることで、技術が身につくだけでなく、楽しい思い出もできる。

一石二鳥なので、昔からあるものを改めて見つめることは大切だと思う。

 確かに、良いものを吸収して変化していくことも大切だ。

しかし、「温故知新」という諺があるように、古くから伝わる日本の文化を見つめ直し、そこから新しい知識や考えを得ることが大切だと思う。

これからも日本的な良いものを見つめ直して生きていきたい。