小学校の算数の授業で学んだことを生かしながら、知恵(ちえ)と知識の両方の大切さを考えられましたね。特に、引用した「はしご」の名言をそのまま受け入れるのではなく、自分なりに解釈(かいしゃく)し直して結論につなげたところがすばらしいです。

<<え2016/276pみ>>

【第一段落】:物知りな人でも、情報を受け売りしているだけでは知恵(ちえ)にならないという課題文の中心を押さえ(おさえ)、「物を考えているか否か」という知識と知恵(ちえ)の違い(ちがい)を整理しているため、文章の問題提起がよく伝わる要約になっています。

【第二段落】:自分で考えることの大切さを、面積の公式や円周率を導き出した小学校の算数の授業から説明し、さらに「比例さえ覚えておけば」さまざまな問題が解けたという経験によって、仕組みを理解することが新しい問題を解く力につながると具体的に示しています。

【第三段落】:知識の大切さを説明するために、昔話『三枚のお札』を取り入れ、和尚(おしょう)が札の力を知っていたことや、小僧(こぞう)が川や火で山姥を防げると考えたことを、知識が命を救った理由として結び付けています。昔話の出来事を自分の意見を支える材料として使おうとしているところがよいです。

【第四段落】:知恵(ちえ)と知識のどちらを使うかよりも「問題を解決する」ことが大切だと考え、二つの意見を目的という視点から総合化しています。特に、はしごを作るには熱意だけでなく、木や鉄を扱う(あつかう)知識も必要だと考えたことで、引用した名言に自分の解釈(かいしゃく)を加え、知恵(ちえ)と知識の両方が目的の達成につながるという結論を支えています。

【次にも生かしたいポイント】:引用した言葉をそのまま使うのではなく、「本当にそうだろうか」と自分で考え直すという技術です。今回のはしごのように、名言に書かれていない条件にも目を向けると、引用をきっかけに自分ならではの考えを生み出し、主張をさらに具体的に説明することができます。

字数/基準字数:1349字/1000字
思考点:79点
知識点:71点
表現点:73点
経験点:76点
総合点:82点
均衡(きんこう)点:7点

 


■思考語彙 21種 28個 (種類率75%) 79点
 しかし, 確か,あると,いつもなぜ,いるので,いれば,おけば,が考える,この場合,たから,たので,たはず,だから,だろう,で考える,のでもちろん,はなぜ,られるので,を考える,考えるため,良ければ,

■知識語彙 49種 101個 (種類率49%) 71点
一番,三枚,三角形,人生,便所,先生,公式,円周,和尚,哲学,問題,大事,大切,大河,子供,学校,小僧,小学校,山姥,年生,得意,必要,担任,授業,旅人,昔話,時間,最終,比例,熱意,物事,理屈,目的,知恵,知識,神学,算数,経験,自分,表面,解決,言葉,返事,達成,長方形,長距離,関係,面積,鶴亀算,

■表現語彙 100種 190個 (種類率53%) 73点
 確か,いつ,うえ,お札,こと,ことわざ,この場合,これ,それ,ただ,たはず,ところ,どちら,はしご,もと,よう,ジャン,一,一番,三枚,三角形,上,中,事,二,人,人生,代わり,何,便所,僕,先生,全て,公式,円周,受け売り,否,和尚,哲学,問題,大事,大切,大河,奥,子供,学校,小僧,小学校,山,山姥,川,年生,得意,必要,担任,授業,旅人,昔話,時間,最終,木,札,栗,比例,海,火,点,熱意,物,物事,率,理屈,目的,知恵,知識,神学,私,算,算数,経験,総て,考えるため,者,自分,表面,解決,言葉,話,返事,逆,達成,違い,鉄,長方形,長距離,関係,階,面積,頃,鶴亀算,

■経験語彙 38種 64個 (種類率59%) 76点
おく,が考える,くれる,せる,できる,で考える,なくなる,もらう,やる,られる,れる,わかる,を考える,上がる,作る,使う,出す,出会う,分かる,助かる,取る,合わさる,導き出す,帰る,拾う,持つ,教える,歩く,求める,照らす,生きる,終わる,覚える,解く,調べる,迷う,追う,食べる,

■総合点 82点

■均衡点 7点
 

何でもよく知っていて(感)
   中2 あかそよ(akasoyo)  2026年10月2日

  何でもよく知っていていろいろなことを話す人がいるが、そのような人はたいていが何かに掲載されたことを羅列しているだけ、つまり情報なのだ。自分で吟味したわけでなければ、自分で収集したわけでもない。ただ右から左へと流しているだけなのだ。そして、詳しいことは何も知らない。だから質問すると答えられない。要は受け売りしているだけなのだ。受け売りしているだけだから人生経験に照らしたうえでの知恵になっていない。ただの知識なのだ。知識はないが、知恵はあるという人や、その逆の人もいる。知恵が歩かないかの違いは、一に物を考えているか否かの問題ではないか。「学校とは一点から一点への最長距離を教えるところであると、私は言いたい。」というジャン・ギットンという哲学、神学者がいた。学校の先生が子供に教えたことの中で子供がいつまでも覚えているのはたいてい知恵なのである。

 自分で物事を考えることは大事だ。僕の小学校の頃の5、6年生の頃の担任の先生は算数が得意で、算数の時間にはいつもなぜこれはこうなるのかといったような授業をしていた。三角形や長方形の面積を求める公式はなぜこうなるのかといって調べたり、何もないところから円周率を導き出したりといったことをしていた。表面上の事だけではなく、奥の事も教えてくれたのでその授業はとても分かりやすかった。また、旅人算や鶴亀算は全て比例がもとになっているので比例さえ覚えておけばいいと言っていたので比例しか覚えなかったら、それだけでどんな問題も解くことができた。その理屈は自分でやっているのでもちろんわかる。理屈が考えられるのでその関係の事ではめったに迷うことがなくなった。自分で物事を考えるのは大事だ。

 しかし、それを自分で考えるための知識も必要だ。三枚のお札という昔話がある。小僧が山姥がいる山へ栗拾いに行ったら案の定山姥と出会い、和尚からもらった札で便所で自分の代わりに返事をさせたり、川や火を出して助かるというような話である。これは、和尚が札があると大河や火の海などを出すことができるということを知識として持っていたから小僧は生きて帰ることができたのだ。和尚が知識を持っていなかったら小僧は山姥に食べられていただろう。そして、小僧も川や火を出したら山姥もすぐには追ってこれないということを知識として持っていたから助かったのだ。知識があることも大切なのだ。

 確かに、知恵も知識もどちらも大切だが「知識がはしごを作ったのではなく、二階に上がりたいという熱意がはしごを作ったのだ。」という言葉もあるように、知恵も知識もどちらも大事なのだ。知恵を使うか知識を使うかは問題ではない。問題を解決するということが一番大事なのだ。「知識がはしごを作ったのではなく…」とあるが、はしごに使う木や鉄などは知識がなくては取ったり作ったりできなかったはずだ。それに知恵が合わさってはしごができたというようなことを言っているのだ。この場合も2階に上がることができないという問題を解決できているのでそれでいいのである。終わり良ければ総て良しということわざもあるように知恵や知識を使ったかというのは関係なく、最終目的が達成できていればそれでよいのだ。