良い面と悪い面
中3 あさもな(asamona)
2026年10月1日
私は最近、学校の授業で「コモンウェルスゲームズ」というスポーツイベントの存在を知った。それはオリンピックに非常によく似通っているが、英語圏の国や地域の人々だけを集めて開催される特別な大会だ。オリンピックと同じように四年に一度開催され、世界中から七十四の国と地域が参加し、二十競技もの項目で熱戦を繰り広げる。そして各競技において、試合を勝ち残った一位、二位、三位が決まる。このように、スポーツには勝ち負けが存在する。
確かに、スポーツにおいて勝ち負けは必要な要素だ。勝ち負けがあるからこそ、人々の心には「負けたくない」という強い競争心が芽生える。また、厳しい試合で勝てた時の幸福感や、その喜びをもう一度味わいたいと求めるが故に、さらなる意欲が湧いてくるのだ。私は少し前まで、学校のバドミントン部に所属していた。私と一緒に練習をしていた友達たちは、私よりも経験が豊富で圧倒的に強く、日々の練習試合ではいつも私が負けてばかりだった。時には劣等感を抱き、落ち込むこともあった。しかしそれ以上に、心の中から悔しい気持ちや、「いつか絶対に負かしてやる」という強い気持ちが湧き上がり、もっとバドミントンが上手になりたいと願うようになった。そこで、友達が私に対して使う高度なテクニックやラケットの動きなどを必死に観察し、見習って練習を重ねた。その結果、珍しくやっと友達に勝てた時、私は物凄く嬉しくてたまらなかった。それと同時に、次の試合や練習が一段と楽しみになった。このように、スポーツに勝ち負けがあることは、その競技を続ける強いモチベーションになり、より熱心に取り組めるようになるという良い面がある。
しかし一方で、勝ち負けの結果だけにこだわりすぎるのは良くないという考え方もある。例えば、筋トレのように自分のペースで自分を鍛えるような運動は、健康にも非常に良く、誰かと比べるプレッシャーがないため精神的にもゆとりができる。それに対して、勝ち負けにこだわりすぎると、心に余裕がなくなってしまう。童話の十二支の物語では、絶対に一番になりたいと考えたネズミは、ずる賢く立ち回り、早く出発した牛の背中に隠れて進んだ。そして神様の直前で飛び降りて一番乗りを果たしたのである。さらにネズミにとって厄介な存在だった猫に対しては、嘘を吐いてまで自分を十二支の枠に入れようとした。この物語から分かるように、勝ち負けに執着しすぎると、ルールを破る不正や卑怯な行動に繋がる可能性が出てくるのだ。他にも、現実の人間関係の中で勝ち負けにこだわりすぎると、周囲との協調性を失ってしまったり、視野が狭くなって相手を思いやれなくなったりすることが起こりうる。
確かに、スポーツの勝ち負けには、人間の心を成長させる良い面と、執着によって歪んでしまう悪い面の両方が存在する。だからこそ、私たちは適度に勝ち負けを楽しむのが丁度いいスポーツのやり方なのではないだろうか。しかし、いちばん大切なことは、『ライオンは、一匹のウサギを倒すためにも、全力を尽くす。』という名言もあるように、その勝ち負けを通して互いが成長していけるかどうかということではないか。