想像力のある人間
中3 あかけさ(akakesa)
2026年10月2日
幼稚園では、いっしょに歌い、いっしょにお遊戯をするだけでなく、いっしょにおやつやお弁当も食べる。他人の身体に起こっていることを生き生きと感じる練習だ。そういう作業がなぜ学校では軽視されるのか、不思議な感じだ。ここで他者への想像力は、幸福の感情と深くむすびついている。近代社会では、ひとは他人との関係の結び方をまずは家庭と学校という二つの場所で学ぶ。養育・教育というのは、共同生活のルールを教えることではある。が、ほんとうに重要なのは、ルールそのものではなくて、むしろルールがなりたつための前提がなんであるかを理解させることであろう。身体に想像力を備えさせることで、他人を思いやる気持ちを、つまりは共存の条件となるものを、育んできたのである。このことを通して、私は身体的な体験を通して想像力のある人間になりたい。
そのための方法として第一に、体験を大切にすることだ。体験を大事にすることで得た実感が頭の中で新しいイメージを広げる土台となるからだ。発明家のトーマス・エジソンは頭で考えることよりも実際に行動することを繰り返していた。電球の改良に取り組んだ時でさえ、一万回に及ぶ失敗を経て電球の長寿命化を達成したのだ。私も人に聞いたり本で読んだりすることよりも実際に体験することを大切にしている。例えば、自分が気になっているお店があったら、すぐネットで調べたり、人に聞いたりせず、まずは自分で行ってみるのだ。実際に体験することで、記憶に深く残り、満足感につながり、想像力を高められるのだ。このように、生の体験をすることは大事なのだ。
次に、第二の方法として、現代の社会で知的な勉強だけでなく、身体的な体験を大事にすることも大切だ。なぜなら、身体的な体験は脳の活性化、深い学習、そして精神的な安定に結びついているからだ。前文でも話したように、エジソンは理論より体験を何より重視した。失敗を「データ」としてとらえることで、本物の成功に導いたのだ。私は夏休みにキャンプに行った。キャンプでハイキングをするときなどは、天候を現地で繰り返し確認しなければならない。そのため、雲の形や量などを予測することで、想像力が高まるのだ。このように、身体的な体験をすることは大事なのだ。
確かに、知的な理解も大切である。なぜなら知的な勉強をすることで新しい見方や発見が手に入るからだ。しかし、「想像力は知識よりも大切だ。想像力は世界を包み込む」というアルベルト・アインシュタインの言葉もあるように、想像力の育むことの方が大切なのだ。想像力は新しいアイデアを生み出すためには不可欠なものだ。私もこれからは生の体験や、身体的な体験を大切にしながら、生きていきたい。