気持ちの測り方
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年月日
永井均は、著書に『子どもの教育において、第一になすべきことは、人生が楽しいということを体に覚えこませてやることである』と書いている。しかし、現代では、幼稚園を卒園すれば過ごす時間のほとんどは勉強に使われる。他者と気持ちを通わせることの価値は、十分に意識されているだろうか。人生を楽しむためには、他者との関わりの中に喜びを見いだす力も必要なのではないか。中学校でも、社会に出るまでの時間で、他者と共に感情を分かち合える力を育てるべきだ。感情を分かち合うことは人間の本能的な欲求を満たし、楽しさを感じることにつながる。私は、これらのことを踏まえ、他者とよい関係を築くことを大切にして生きていきたいと思う。
第一の方法は、コミュニケーションの楽しさを知ることだ。学校での休み時間、ある時、英語が苦手な友達とALTの先生が話す手伝いをした。チャイムが鳴って教室に戻るとき、2人から「ありがとう、楽しく話せてよかった」とお礼を言われ、思わずじんとしてしまったことを覚えている。自分がいたことで、人と人との関係をつなげられたという実感がわいた。自分の存在に価値があると実感することは自己肯定感を高める。また、意見のやり取りをすることは、自分の気持ちを打ち明けたり考えを言い合えたりするなど、少なからず何らかの感情を持つ。相手を思いやって、気持ちのいい関係を続けていくことでさらに良いコミュニティができるだろう。
第二の方法は、教育の方針を勉強だけにとどめないことだ。聖徳太子は飛鳥時代の人物だがこんな言葉をのこしている。「人はどうしても対立しやすい生き物だからこそ、お互いを思いやって、徹底的に話し合える関係を築きなさい。それができれば、どんな難しい問題も解決できるから」今の学校は、成績や技術も全て点数化された、人間が人間を管理するためにできた、データ社会だと言えよう。しかし、他者を思いやる力や、互いの違いを認めながら話し合う力は、点数だけでは十分に測れない。これらは、社会で使うかどうか分からない勉強とは違い、必ず役に立つ大切な力だ。私たちは、幼稚園でしているような、アイデンティティーを高め、基本の会話力を育てるという一歩を忘れてはならない。
勉強とは、学び方を学ぶことである。だから、勉強をしないというのはいい選択とは言えない。確かに、話しているだけでは生きていく糧となり得る知識を得られない。しかし、人生を楽しむことは、誰もがかなえたい目標なのではないだろうか。17条の憲法は、「和を以て貴しと為す」つまり何よりも調和し、協力し合うことが最も大切である、と述べている。和の精神を受け継いできた日本人は、他人を思いやることができる民族である。日本人ならではの特性を意識して、コミュニケーションを楽しみ、生きることを楽しむことで豊かな人生が送れるだろう。私も、最近、人としゃべっていないように思う。思いが伝わるような言葉を勉強しながら、会話することでそれを実践していきたい。