多角的な視点を持つために
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子供の世界は「ふしぎ」に満ちている。小さい子供は「なぜ」を連発して、大人にしかられたりする。しかし、大人にとってあたりまえのことは、子供にとってすべて「ふしぎ」と言っていいほどである。「雨はなぜ降るの。」「せみはなぜ鳴くの。」あるいは、少し手がこんできて、飛行機は飛んで行くうちにだんだん小さくなっていくけど、中に乗っている人間はどうなるの、などというのもある。現象を説明するための話は、なるべく人間の内的世界をかかわらせない方が、正確になることに人間がだんだん気がつきはじめた。そして、その傾向の最たるものとして、自然科学が生まれてくる。「ふしぎ」な現象を説明するとき、その現象を人間から切り離したものとして観察し、そこに話を作る。このような自然科学の方法は、ニュートンが試みたように、「ふしぎ」の説明として普遍的な話、つまり、物理学の法則を生み出してくる。近年は、インターネットが便利なものとして誰もが使っているイメージがある。それとは裏腹に、人々は物事についての疑問をあまり持てなくなってしまっている。いや、疑問を持てなくなってるわけではない。疑問は持てるがすぐに解決させようとする。「不思議」と感じる心は「センス・オブ・ワンダー」とも言うが、わからない事は、すぐにスマートフォンで検索し、答えを得たきになってしまっているのが現状である。確かに私も現代社会で生きていくためには、ある程度インターネットは活用できるようにしておかなければならないと思う。これだけで答えを得た気になってしまうというのは、私にも心当たりがある。「不思議」と思うことは、自分の視野を広げるためにも、とても大切なことだ。その理由は二つある。
理由は、第一に、不思議と思うことで知りたいと言う気持ち、つまり好奇心を引き出すことができるからだ。私は小学四年生の自由研究のテーマが決まらず、困っていたため、ハートお出かけに行ってテーマを決めることにした。その日、私はデパートへ行った。たくさんのお店を回り、何か面白いテーマはないかと頑張って探していたがなかなか見つからない。そして、一旦お手洗いに寄った。その時は誰でもトイレがあったので、そこを使った。その中に普通とは違う、不思議な形のトイレがあった。その時はあまりにも形が特殊だったため、トイレではなく、手を洗う場所なのかなと勘違いしてしまったほどだ。そして、研究テーマをこの特殊な形のトイレにしようと決めた。実際に帰って調べてみると、そのトイレの正体は「オストメイトトイレ」という、事故や癌などで、人工肛門である人などが使うものであった。そこから、オストメイトトイレの魅力から、課題まで様々なことを調べ、追求することができた。このように、不思議と思う事は調べてみたいと言う好奇心を引き出すのだ。また好奇心を引き出すことで新たな発見をすることもできる。
理由は、第二に、疑問を持つことで、多角的な視点と柔軟性が身に付くからだ。二〇〇九年のトロント大学のアダン・アンダーソン教授らの研究で、「物事に対して、ポジティブな好奇心を持っている状態の人は、そうでない人に比べて、視覚的な視野の広さが、約二十パーセントから三十パーセント広がる」という。私もこのことを実感したことがある。今中学校では物理の範囲を勉強している。地学の授業で圧力の計算について授業があったが、その時は、頭がこんがらがってしまい、公式も頭に入ってこなかった。しかしその後に問題集を解いて、圧力の計算についてマスターすると、興味が湧き、少し視野が広がった気がした。このように、興味を持ち、追求することによって、多角的な視野が身に付くのだ。
確かに、何事にも疑問を持つことで、頭がフル回転し続け、自分が今何を考えればいいのかがわからなくなってしまうこともあるかもしれない。しかし、現代社会では、学校や職場などで、「決まった答えを素直に覚えること」が評価され、「なぜ?」と問うことが面倒や反発と捉えられやすい。それにネットやSNSを見れば、他人の意見をまとめられた答えがすぐ手に入るため、それを正解だと信じ込んでしまうということも問題になっている。「行動するためには、多くのことに無知でなければならない」と言う名言をご存知だろうか。自分の知らないことが広がっている。世界だからこそ、自分で不思議と思い、疑問を持ち、追求して、そこから視野を広げていくことが、今の社会を切るにあたってとても重要なことだ。私は探求心や学びを深めるためにも、疑問に思う事は大切だと考える。私は中学一年生だ。今後人と関わることも増えてくるであろう。そこでこの不思議から繋いだ多角的な視点を他者に伝え、みんなが脳のエネルギーを使いながら不思議と覚える機会を増やせるよう、私はできるだけ貢献していきたい。