指示待ち人間の急増化
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なんでもよく知っていて次から次へとどんな問題についてもよく話をする人がいるが、そういう人たちは大抵「情報」を受け売りしている場合が多く、自分の考えによって吟味していない。そのため、どんな話をしようとその人の人生経験に照らしたうえでの「知恵」になっていない。近年、どの国でもマニュアル文化が根付いてきている今、自分の頭で考え感じることが大切だ。
私は自分で考えることは大切だと思う。近年、AIなどの人工知能が急速に発達している。その中で私達人間が自分で考えるということをやめてしまった場合、人間の存在意義そのものがなくなってしまうと思う。私はAIができない「考えるということ」ができることが人間の最大の強みだと考えている。しかし現実には、自分で考えて行動できない人の方が圧倒的に多い。最近、委員会のメンバーが変わり、新しい委員会としての活動がスタートした際に、自分で考えて行動できない人の多さを改めて実感した。その日私は職員室に行ったり、ノートやパソコンに会議の記録をしたり、新しい掲示板の作成の準備をしたりと忙しく動いていた。それに対して、一部のメンバーは何もせずに談笑していた。私はその人たちに対し、私たちが忙しそうにしているのを察して、全校生徒の中心となる人としての自覚を持って、自分で考えて仕事をしようと思わないのかと思ったが仕方なく、その時はこの仕事をやってくださいと頼んでやってもらった。しかし、その後何とも言えない苦い気持ちになった。私は、指示された仕事をただ言われた通りにやるだけでは、本当の意味で委員会に参加していることにはならないのではないかと考えさせられた。やれと言われるまで動けない指示待ち人間は、自分で考えることをあきらめていると思う。人に言われるがままに動き、自分で考えて動くことができない姿は、まさにロボットのようだと感じてしまった。人間が仕事をする意味は、状況に応じて臨機応変に対応することができるからだと考えている。マニュアルや誰かの指示がないと一歩も前に進めない姿勢こそが、ニュースでもまことしやかに囁かれている、人工知能に仕事を乗っ取られる原因になってしまうのではないかと思う。だから、今日の人々はもっと人間の本質を理解するべきだと思う。
しかし、時には情報も必要だと思う。基礎となる情報がなければなにも考えることができず、元も子もないからだ。その代表例としてトーマス・エジソンがあげられる。彼はフィラメントに何を使うと長く燃えるのかを発見した人物で、この発見はひらめきによるものだけではないと言われている。彼は何度も何度も様々な物質で実験をし、膨大な情報量を知識として持っていた。もし彼にこの膨大な実験データという名の情報が不足していたら、どれほど頭で考えても発見には至らなかったはずだ。だからこそ、ある日突然、情報のピースがカチッとはまり発見に至ったのだと思う。考えるということをするのに、まずは情報がなければ考えることはできない。情報という土台がなければ、どれだけ自分一人で考えようとしても意味がないと思う。だから、情報というものも必要になってくると思う。
確かに自分で考えることも情報を多く集めることも大切だ。しかし最も重要なことは「学びて思わざれば則ち罔し、思いて学ば座れば則ち殆し」という孔子の名言があるようにどう生きるかではなくいかに相手のことを考えることができるかだと思う。