志賀高原を訪れて気づいたこと

   高2 あけまお(akemao)  2026年10月2日

  山一面を覆う小さな氷の粒が、降り注ぐ太陽からの光を反射していた。その時の感動は私は忘れられない。これが私の趣味であるスキーの初めての思い出だ。

 日本人学校が主催しているスキー教室に初めて参加したのは、小学三年生のときだった。私はスキーをしたことがないほか、雪山にすら近づいたことがなかった。初めて滑る雪は片栗粉のようにきめ細かく、板を左右に曲げるとキュッキュッと音が鳴った。鼻から冷たいきれいなアルプスの空気が舞い込み、私の体は爽快感にあふれた。スキーは、私のような運動音痴でも親しみやすいスポーツであることが特徴だ。止まりたいときは板をハの字にすれば止まる。このときから9年間、スキーは私の冬の中心であり続けている。

 1936年の冬季オリンピックが開催されたからか、初めてスキーを体験したガルミッシュ=パルテンキルヒェンは老若男女と多くの人々であふれていたのを覚えている。リフトはすべて最新のものが搭載され、シートが温めてあり、近くには高級リゾートホテルが立ち並んでいた。

 一方で私が日本で訪れた志賀高原のスキー場は、ガルミッシュと同じくオリンピックの開催地であるにもかかわらず、静けさが漂っていた。リフト待ちの列は短く、ゲレンデには広い空白が目立った。施設も老朽化が進み、かつての賑わいを想像するのが難しいほどだった。

 日本では近年、スキー人口が減少傾向にあると言われている。少子化や都市部への人口集中、さらに道具や交通費の負担など、スキーを始めるハードルが高いことが理由として挙げられる。スキー場は、観光や宿泊業など、地域の経済を支えているため非常に重要な観光資源となっている。スキー人口の減少は、地域そのものの衰退にもつながる。私自身、スキーの魅力を知っているからこそ、この状況を残念に思う。雪の上を滑るときの爽快感や、自然の美しさを全身で感じられる体験は、他のスポーツではなかなか得られないものだからだ。

だからこそ、私は、子どもがスキーに出会う機会を増やすことが大切だと考える。ドイツのように、学校行事や地域の教室を通じて、費用を抑えながら雪に触れられる仕組みがあれば、日本でもスキーを始める子は増えるはずだ。今後私たちは、この問題について積極的に考えていくべきだ。