書いた人は森川林 on 5月 11, 1997 at 22:04:04:
母親が国語が苦手だと、子供も苦手になるという傾向があるようです。
これは、肉体的な遺伝ではなく、文化的な遺伝と考えられるものです。
国語の苦手な子供には、ひとことで言えば読書のレベルが低いということが共通の特徴としてあげられます。中学生や高校生で漫画を面白がって読んでいる生徒は、大体国語が苦手になっていきます。その学年にふさわしい読書をしている子は、漫画には普通ものたりなさを感じるものです。
同じことはテレビについても言えます。国語の苦手な子は、大体テレビを見過ぎています。
しかし、子供自身にはなかなかこういうことが自覚できません。自分の読んでいる本のレベルが低いかどうかということや、テレビを見る時間が長いかどうかということは、本人にはわからないからです。それを指摘できるのは、身近にいる親です。
けれども、親自身が自分も若いころに難しい本を読んでいないと、子供にどの程度の本を要求するべきかわかりません。そこで、「まあ、どんな本でも何も読まないよりはましだろう」ということで、易しい本を許容するようになってしまいます。
昔は、社会全体に四書五経のような規範があったので、親が読書の方向を指示しなくても、子供は、年齢に応じてどの程度の本を読んでいくべきか大体の方向を知ることができました。今は、それが、すべて親の肩にかかっているのです。
易しい本を読みつづけると、確実に国語力は低下します。やわらかいものばかり食べていると歯やあごが丈夫にならないことと同じです。運動しないでねっころがってばかりいれば筋力はつきません。同じように、易しい文章ばかり読んでいれば、それに合わせて頭はどんどん軟化していきます。
国語の苦手な家庭では、まず、目の前のすぐに手の届くところにある漫画類をかたづけるところから始めるとよいと思います。そのあと、ある程度の難しさのある説明文を中心に、同じ文章を何度もくりかえし読む練習を、勉強と同じぐらいの位置づけでやっていくとよいでしょう。
しかし、実はこれはなかなか難しいことです。というのも、どんな本を読むかということはその家庭の文化的な雰囲気に左右されるので、易しい本を難しい本に切り替えることは、一種の文化革命となるからです。したがって、テレビや漫画を少なくして、難しい読書を多くするというのには、親の一大決心が必要となると思います。