国語読解力は、あらゆる学力の基礎。問題集読書の復読と、読解検定の自主解説で確実に力がつく
国語読解力は、あらゆる学力の基礎。問題集読書の復読と、読解検定の自主解説で確実に力がつく。

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作文教室の丘から 小学生、中学生、高校生の作文 (編集)

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   ソクラテスみたいに   はるりん

 ソクラテスは、自分は人間が正しい理解を「生み出す」ことを手伝う仕事だと思っていた。だから、ソフィスト達のように、何か教えてあげても、決してお金は取らなかった。ソクラテスは、ことばの本当の意味で「自分は哲学者だ」と名乗った。哲学者とは、自分にはわけのわからないことがあることを知っていて、そのことになやむ人のことを言う。
 わたしは、先生に何か言われると、
「あっ、それできるなあ。」
と、思ってしまうタイプだ。これは、体育の授業でよくあること。この間、マット運動の時間で、「頭はねおき」というのをやった。
「これは、5年生で初めてやるものです。体操をやっている人は知っていますよね?できる人、いますか?」
先生が、ぐるっとみんなを見回した。その時、わたしは、
「はいっ!できまーす。」
と、スーッと手がのびそうになってしまった。でも、体操を習っている男の子が、
「できます。」
と手をあげたので、その子がやることになった。わたしは、その子がやっているのを見て、
「あれっ?わたしが思っていたのとちがう。手あげないでよかった〜。」
と、ほっとした。他の友達も、ほーっとした顔をしている。みんな、手をあげようとしていたのだろう。わたし達はやったこともないのに、できないと恥ずかしいと思ってしまうのだろうか。でも、これは自然と思ってしまう。先生が何か問いかけると、
「これ、一応手、あげとかないと、いやだな。」
と、思ってしまう。
 この前の社会は、もっとひどかった。ある問題が出されたとき、わたしは時間内に答えられなかった。
「この問題、できた人。」
そう言われたとき、はっとなって、
「はい!」
まるで、ロケットのように、いやロケットよりす早く手をあげた。周りは、誰もあげていなかったので、
「じゃあ、どうぞ。」
となった。もちろん、答えられるわけが無い。まだ、答えを出していないのだから。わたしは動ようしてあわてて答えを言った。
 わたしは、自分の体験から、わからないことは恥ずかしがらずに言わないと、おかしな答えを言ってしまって、よけいに恥ずかしい思いをしてしまうということがわかった。わからないものはわからないと言わないと、自分のためにもならない。

   講評   onopi

 言葉の使い方を工夫することができました。使える言葉が増えていっていますね。
 

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